魔生機甲レムロイド外伝/俺が東城世代だ!

 その名は、東城世代トウジョウセダイ

 英雄の名は今、伝説を超えて神話になろうとしていた。

 だが、彼に関しては多くの点が不明だ。そもそも、この世界の人間ではないという御伽噺ジュブナイルまで生まれている。異世界より舞い降りた、異郷の天才魔生機甲レムロイドデザイナー……風のように現れて、風とともに去った救世主メサイア

 そう、東城世代は疾風かぜだ。

 人の心を洗って吹き抜ける、猛々しくも優しい、風。

 静かにそよいで、時に荒ぶれば嵐となる。そうして、停滞していた空気を吹き飛ばして、去っていった。ただ、風が運ぶ新たな種子SEEDは、多くの人の心に根付いて芽吹き始めていた。

 アラベラ・ブリンクマンもまた、それを確かに感じていた。

 立場故に認められぬその想いが、彼女をこの街へと連れてきたのだ。


「……今回も空振りか。この手の偽物情報はあとを絶たないものだな」


 辺境自治区、荒羽々アラハバ

 先日、この街に東城世代が現れ、ならず者と戦ったという情報をアラベラは掴んだ。

 だが、来てみれば……東城世代の姿はない。

 収集できる情報も全て、あやふやで不確かなものだった。


「とんだ無駄足だったな。さて……食事でもして帰るとしよう。ん?」


 平和そのものな街の往来で、アラベラがきびすを返した、その時。

 不意に、きぬを裂くような乙女の悲鳴が響き渡った。

 同時に、好天の日差しを遮る巨大な影がそこかしこに屹立する。市街地で、魔生機甲を構築ビルドした馬鹿者がいるのだ。それは法で禁止されているし、アラベラには見過ごすことはできない。

 伝説の男を探して、ありふれた現実の混迷を目の当たりにする。

 そうした中でも、見て見ぬふりをできぬのがアラベラ・ブリンクマンという人間だった。

 そんな彼女が見上げる先で、魔生機甲から声が迸る。


『どーも! 俺たちゃフェンリル……武装商隊デスキャラバンフェンリルだ! とゆーわーけでー、街中の若い女は全財産を持って広場に集合、ヨロシク!』

『16歳未満のかわいい男の子もですわ。皆さん、エロカワな女物の持参を忘れずに』

『それと、食べ物よ! アタシの口に合わなかったら蹴っ飛ばすから覚悟しなさい!』

『あー、えっと……俺は特にいいや。チユキは?』

『私は暴れられればなんでもいいです。……と、とりあえず、今夜のために……トーヤ君に性の、じゃない、精のつくものを』


 最悪だ。

 そして、さらに最悪なのは……

 あちこちで常態化している、この世界の当たり前過ぎる現実があった。

 一人の英雄が偉大なる戦いに勝利した、その余波は世界を変えてしまった。風が運ぶのは花の種だけではない。時として、遠い土地から疫病を運んでくることもある。

 世界は知ってしまった……改めて理解し、思い込んで過信した。


 ――強い魔生機甲があれば、誰もがワンチャンあるんじゃね?


 そして現実は、英雄不在の時代に最悪の状況を生み出す。改めて示された、武力としての魔生機甲の有用性。量よりも質、質次第でいかなる戦況も覆せるという誤解と幻想。それが蔓延する今、この手のやからは後を絶たない。

 東城世代の功罪……世界は改めて知った。

 力の使い方を考えることなく、ただ力による解決を覚えたのだ。


「……まずいな。レベル15前後と思しき魔生機甲が、5体。隊長機の隣は狙撃型か? あっちの重装甲は格闘型だな。軽量級は撃ち漏らしを片付ける掃除屋だろうし、あのマント付きは――」


 自然とアラベラの手が、荷物の中に自分の魔生機甲設計書を探す。

 その時……アラベラの横を一人の少年が通り過ぎた。

 アラベラを追い越し、戦慄に震えてすくむ雑踏の中を、歩み出す影。

 違う、よく見れば少女だ。

 中性的な顔立ちに短くまとめたくせが、少年のように見えるが……女の子だ。

 だが、その姿をアラベラは思わず呼んでしまった。


「っ――!? お前は……東城世代っ!? い、いや、しかし」


 アラベラの言葉に、一度だけ少女は脚を止めた。

 彼女はその手に魔生機甲設計書を開きながら、肩越しに振り返る。

 澄んだ瞳に迷いはなく、強い眼差しが光をたたえていた。

 そして、意外な言葉が発せられる。


「俺が東城世代だ」

「あ、いや……君は、女の子のようだが」

「俺が東城世代だ……設計読込デザイン・ロード材質確定マテリアル・フィックスド。……構築っ!」


 自称東城世代を、光が包む。

 同時に、白亜に輝く魔生機甲が天へと屹立した。

 少女はそのまま、まるで翼なき天使のような機体へと乗り込んだ。

 その姿は、あの伝説の東城世代が駆ったという、猛禽獣グリフォン彷彿ほうふつとさせる機体に似ていた。色は真逆で白く、武装もシンプル……左右の腰の剣と、左腕にシールド。右腕は装備された巨大な刃と一体化していた。

 そして、暴徒たちへと白い機体が……自称東城世代が振り返る。


「見つけたぞ、世界のゆがみっ! 瀬砂セスナエフ清兵衛セイベイ……目標を駆逐する!」


 ――瀬砂・F・清兵衛。

 それが少女の名か。

 裏付けるように周囲から、市民たちの声があがる。


「ああっ! また福田さんちの瀬砂ちゃんが!」

「誰か止めろぉ!」

「おいっ、清兵衛さんを……福田清兵衛さんを呼んでこい!」


 だが、遅かった。

 自称東城世代こと瀬砂は、愛機へと鞭を入れるや短く叫ぶ。


『行くぞ、! 俺が、俺が……東城世代だ!』


 アラベラは目を見張った。

 驚愕の光景が、視界に飛び込んでくる。

 白き魔生機甲、ヴァンガルと呼ばれた機体は……速い。

 影のように低く、滑るようになめらかに、踏み込む。

 徹底して近距離白兵戦用にデザインされた、インファイター型だ。

 そして、さらなる驚きがアラベラから言葉を奪った。


『お前たちは、お前たちのような者は東城世代ではない……東城世代は、この俺がウワアアッ!? ガハッ、ゲブゥ……』


 颯爽と斬りかかったヴァンガルは。

 一瞬で。

 一撃で。

 倒れた。

 無言で長い長いライフルを突きつけた狙撃型に、撃たれた。直撃を食らって吹っ飛び、そのまま5機に囲まれて袋叩きになって、沈黙した。

 その間、わずか5秒。

 あまりの瞬殺劇で、アラベラは言葉を失った。

 だが、周囲の市民からは溜息が無数に零れる。

 どうやら、あまり珍しい光景ではないようだ。


『お、俺は……東城世代に、なれない……』

『なんだこいつ、おーい? 息してっか? つーかやりすぎんなよ、お前ら』

『タツマさん、この子……すっごい弱いです。どうしましょう』

『ビビらせてくれたわね! あの東城世代かと思って、ちびりそうになったじゃない! ……ま、まあ、アタシの知ってる世代様は、もっと格好いいイケメンで、爽やかで、アタシを優しく抱き上げなんでも御馳走してくれるの!』

『うおーい、ラスカ……それ、噂とか鵜呑みにしすぎだぞ?』

『私の調べた情報では、東城世代は筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる大男で、どんな魔生機甲も一撃必殺だったとか。……格好いい、ですね……ポッ』


 これは、ダメだ。

 ダメなやつだ。

 アラベラはあまりのダメ加減を目にして、表情を引きつらせる。

 よくよく見たら、瀬砂のヴァンガルは多分……Lv3前後だ。

 しかし、改めて知らされる……今、ちまたではデザインの凝った魔生機甲が大流行しているのだ。生産性度外視で、質にこだわったワンオフ機だ。それはゴーレムのような魔法で戦う木偶人形でくにんぎょうを世から一掃し、東城世代が流行らせた武器を手にした姿でアチコチに出没する。

 世は、デザイン至上主義の大構築時代。

 英雄の残した、本人も思いもよらぬ世界の現状だった。


「と、とにかく、助けてやるか。おい、そこの者たち! 今すぐ機体を停止させろ!」


 魔生機甲設計書をスタンバイさせつつ、アラベラは歩み寄る。

 だが……振り返る暴徒たちの1機、マントを纏った紫色の魔生機甲がぐらりと揺れた。その脚にすがるようにして、瀬砂のヴァンガルがしがみついている。

 ガッツは買う、根性はたいしたものだ。

 だが、それで東城世代とは笑わせる。

 そう思いつつも、笑えぬ状況はアラベラが失笑しているからではない。

 人の本当の戦い、全てを賭けた闘いを誰が笑えるだろうか?

 そういう軽薄な気持ちを持たぬのもまた、彼女の美点で弱点だった。


「見過ごせんな……東城世代を詐称さしょうし騒動を起こした人間もだが。私は……東城世代が産み落としてしまった現状に、あぐらをかいてふんぞりかえる連中が我慢ならん!」


 アラベラが構築のための力を開放しようとした、その時。

 聞き覚えのある忌々いまいましい声が、高らかに響く。

 振り返れば……街の教会が屋根の高い高い十字架に、一人の女が腕組み立っていた。


「そこまでだ、悪党共!」

『あ? お、おい、キキョウ! あれは――』

『なにものです!』

「貴様らに名乗る名など、ないっ!」

『くっ、おのれぇ! 獅子王ししおうめええええっ! おう、お前ら! やっちまえ!』


 知ってるじゃん、名前……思わずアラベラは、シリアス顔も忘れて突っ込んでしまう。だが、迫る敵意を前に、仮面の女は腕組み胸をそらす。

 たわわな胸の実りを強調するように、彼女は毅然と言い放った。

 周囲からも歓声があがり、失望に彩られていた市民たちが声を張り上げた。


「おお! 獅子王様だ!」

「この街にもついに、獅子王様が!」

「くっ、メチャシコ……やっちまえー! 獅子しっしー!」


 オーディエンスの無責任な声に、獅子王は堂々と言葉を続ける。


「多勢に無勢で弱い者いじめ、その上によこしまな暴虐と略奪……人、それを悪と言うっ! ……立て、少女よ。私の知る東城世代は……諦めを知らぬ男」

『お、俺は……東城世代、に……なれ、ない』

「他者になれる者など存在しない! お前に足りないもの……それは! それは! それはっ! !」

『愛!?』

「そう……己の分身たる相棒の声を、声なき声を聴け! その時、お前は……東城世代かどうかなどという些末さまつなことを超越し、本当にお前になる!」

『そうか……俺は! 俺は! 俺たちが、東城世代だっ!』

「あ、いや、私は違うけどね。誰があんな変態ヘンタイに」

『……俺は、東城世代に、なれない……』

「お前、結構面倒くさい奴だな……えっと、と、とにかく! あんな変態に憧れるのもいいけど、もっとしっかり魔生機甲をデザインしなさいよ。格好ばっかじゃん、それ」


 どう見ても痴女ちじょ丸出しの獅子王に、変態などとは言われたくない。この場に本物の東城世代がいたら怒るぞ? 怒られるぞ? というか、原作者様が激おこプンプン丸だぞ?

 だが、その時……みっともなく足掻あがいていたヴァンガルが、立ち上がる。

 そしてアラベラは、小さく苦笑の溜息を零して……魔生機甲設計書を閉じた。

 その時にはもう、獅子王の姿は見えなくなっていた。


『お、俺が……俺がっ!』

『あ? なんだこいつ、まだ動くぞ……って、おいおい、ちょっと待て』

『俺が、東城世代だ!』

『わ、ちょっと待て……お、おい!』


 ひび割れボロボロのヴァンガルが、立ち上がるなり腰の背後から何かを抜刀、投擲とうてきした。それは魔力で光の刃を形成する、鋭い……ように見えるダガーだった。

 それは相手の当たって、カキン! コキン! と跳ね返される。


『俺が東城世代だ! 俺が東城世代な時! 東城世代なら! 東城世代である時こそ!』

『……ちょっと待て、今ダメージが……あれ? 損傷ゼロか、うーん』

『俺が! 徹底的に、感情的に、心情的に、設定的に、絶対的に……完璧に、東城世代だ!』


 続いて光の剣を抜刀、二刀流で切り込む。

 なでるような太刀筋が、虚しく空を切った。

 続いて腰の大小二振の剣を抜けば、連撃で叩きつけるや木っ端微塵になった。

 ……剣の方が。

 それでも瀬砂は、ヴァンガルの右腕に伸びる大剣を振りかざし、それを真っ直ぐ構えて突撃する。渾身の突きが、ぐしゃりと無様に炸裂して……粉々に刀身が割れ散った。

 それでも、瀬砂はじたばたと闘いをやめない。


『俺が東城世代ということは、つまり東城世代が俺といいうこと!』

『……えっと、ちょっと待って、とりあえず……あーもぉ、鬱陶うっとうしい! 離れろコイツ! おいキキョウ、引剥してくれ! トーヤも、見てないで俺を助けろ!』

『俺はあの時から……東城世代に救われた、あの瞬間から! 俺が……俺だけでも、だからこそ……俺が! 東城世代だ!』

『あーあ、あほらし……ってか? え? なに? さっきの変態仮面は? ってか……あのー、市民の皆さん、えっと……女と金を……取れる雰囲気じゃ、ないですよね、ハイ』


 しつこい瀬砂に嫌気がさしたのか、武装商隊フェンリルを名乗る連中は引き下がった。

 それを見届け、アラベラも自分の仕事に……自分が戦うべき場所へと帰る。

 一人の英雄が風となって、吹くままに気ままに駆け抜けた、世界。刷新リメイクされた空気には確かに、はびこる悪が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする悲しい現実と共に……風が運んだ種がそこかしこで芽吹いていた。

 このあと、アラベラはついでに寄った自警団の詰め所で、取り調べを受けてる瀬砂と出会うことになるが……それはまた別の話なのだった。

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