姫とだれかと


近くで、

何かが笑っているのが、

聞こえる。


思わず、

眉をしかめた。


暢気のんきなものだ。


人が、

大変な目にあっている時に。


私が、

苦しんでいるというのに。


腹が立つ。


「そんなに笑うな!」


大声で怒鳴っても、

笑い声はまず。


・・まるで、

駄々だだをこねる子供を微笑ほほえましく見守るような、

穏やかな笑い声が響いた。


「笑うなっ!止めろ!止めろ!」


り返し止めろと叫んでも、

笑い声は止むことなく、降りもっていく。



闇だけの空間、


頭の中、


体の中、


心の中、までも。



「止めろ、やめろ・・ヤメロッ!」


笑い声に浸食しんしょくされ、

自身も笑顔を浮かべながら大きく叫び、

小さく笑みを漏らした時、だった。



「何が楽しいんですか?」



ピタリ、と、


全ての笑い声が唐突とうとつみ、

辺りは静寂せいじゃくつつまれる。


笑い声がんでしまった事にさびしさをおぼえながらも、

ぼんやりとした頭でたずねてきた声に答えた。


「何も。」


すると、

闇の中にう声が、再び自分に向かって響く。


「何も無いのに、

笑うなんて変な人ですね。」


「笑ってるの?ワタシ。」


たずねると、

今度はすぐに返事が返ってきた。


「ええ。

とても嬉しそうに笑ってましたよ。


どうして、

楽しくもないのに笑ってるんですか?」


と、声が答えをうながしてくる。


「笑ってたのか、ワタシ。

なんで、笑ってたんだっけ・・?」


ゆぅるりと小首をかしげ、

ぼんやりとした頭で思考をらしー・・


ふと思い出して、

両手をポンとたたいて言った。


「そうだ。


・・私、王子を待ってたの。」


「王子?」


声が怪訝けげんな色をびるが、

気にせず先を続ける事にする。



だって、大事な事だからだ。



「そう。


・・白雪姫を目覚めさせるには、

王子が必要なの。


でも、

王子は来ないってミンナが言うから、

変だなと思って。」


「王子、ねえ。」


溜息をつく声の方向を、

首をかしげたまま見つめてみる。


「もしかして、あなたが王子?」


「王子なんてがらじゃ無いので。

面倒めんどうな事はお断りします。」


心底嫌そうに言う声に対して、

私の瞳からは涙がこぼれ落ちた。


「どうしよう。


王子がいなかったら、

白雪姫は目覚めない。


私、帰れない。

帰れないよ。」


両手で顔をおおって泣き出すと、

あきれたような溜息が聞こえてくる。


「貴女は、

白雪姫なんですか?」


「そう。

私は、白雪姫。


だって、

皆がそう呼ぶもの。」


「皆が、そう呼ぶと?」


問う声に、

小さくうなづいた。


「そう呼ぶわ。


だから、

王子が来ないと、私は。


でも、

あなたは王子では無いし、

王子は、ここに来ないって皆が言った・・。」


「それなら」


さらに先を言おうとした私の言葉を切って、

声はほんの少しの少年っぽさを

ただよわせながら言う。


「王子ではない者ならそこへ行き、

貴女あなたを救い出せるのでは?」


「・・え?」


意外な提案ていあんほうける私をよそに、

声はそのまま先を続けた。


「彼らは、

『白雪姫は王子でないと目覚めさせる事はできない』

と言っていた。


そして『王子はここに来ない』とも。


・・そうですね?」


「うん、そう。」


「目覚めさせる事が、

助ける事と同じ結果とは限りません。


・・目覚めさせる事が王子にしかできなくても、

貴女あなたをそこから救い出す事なら。


王子ではなくても、できる。」


はっきりと力強く言い切る声に、

止まっていた涙が再び流れ出す。


「私を、

ここから出してくれる?


危ない所だし、怖い所だけど、

助けてくれる?」


しゃくり上げながら問うと、

声はあきれた様子で溜息をついた。


「泣かないで下さい。

俺が泣かせたみたいじゃないですか。」


「だって、嬉しくて。」


必死で涙をぬぐっていると、

今度は小さい溜息が聞こえる。


「少し落ち着いて下さい。

子供じゃないんですよ。」


「すみません。」


小さく苦笑すると、

相手からまた溜息が聞こえた。


随分ずいぶん暢気のんきなものですね。


・・まあ、

泣きわめかれるよりはマシですが。」


ひどい言い方。」


あまりにも正直なその物の言い方に、

思わずき出してしまった。


そのままくすくす笑っていると、

今度は相手があきれた声を出す。


「泣いたり笑ったり、

いそがしい人ですね。


・・そろそろ本題に入りたいので、

落ち着いて下さい。」


「あ、はい。わかりました。」


心を落ち着けるために深呼吸していると、

その場が静かになった。


「それでは、本題に入りますよ。」


相手が声をはっすると、

そこで一気に空間が緊張きんちょうつつまれー・・


沈黙が、辺りをおおう。


思わず背筋を伸ばして待っていると、

しばらくして声が真剣さを連れて

戻ってきた。


「姿も見せない、王子でもない。


胡散臭うさんくさい人物でも、

貴女は手を伸ばしますか?


救い出される人間になるか、

眠り続ける白雪姫になるのか。


その結果はわかりませんけど。

・・どうします?」


問いかける声に向かって、

私は柔らかく微笑みながらげた。


「貴方の手を取ります。


ここから救い出してくれるなら、

王子じゃなくてもいいの。


私は、みんなとー・・。」


その先の言葉を続ける前に、

私の意識は存在ごと消える。


「確かに、

貴女あなた様の御意志ごいしを確認いたしました。

・・それじゃ、仕事に掛かるとしますか。」


それでは、後で。


小さく声が呟いた途端とたん

辺りは元の静寂せいじゃくに包まれ、

その場には、ただの闇だけが残される。



・・誰もいなくなった闇の中で、

ちいさな、ちいさな、声が響いた。



「逃がさないよ。


ガラスのひつぎの中でこそ、

君は君でいられるのだから。


・・そうだろう?ボクらの白雪姫。」


くすくす。


弓月型にむ瞳と笑い声を浮かべると、

それは新月のように闇の中に消えた。


愛しい愛しい白雪姫を、

王子いぶつから取り戻し、

守るために。

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