10 ヴァルキュリアのようだ
克洋は厳重に鍵のかけられたロッカーを開く。今ではもう馴染んだ匂いだ。酸っぱい火薬の臭い。金属と油の臭い
。
「武器はどうします」
「サブマシンガンまでなら承認されてる。ボディアーマーも」
了解。克洋は軽く返して、いくつかの武装を取り出した。口径はいずれも統一してある。なつきと千尋はベレッタP×4ピストル。克洋は自分用にタウルス社製のガヴァメントを。いずれも口径は統一してある。.45ACP弾。サブマシンガンのクリス・ヴェクターも同じ口径の弾丸だ。
〝スナッチャー〟であれ、人であれ。殺すにはこの程度で十分なのだ。何もアクション映画のようにバカでかいライフルを使う必要などない。
弾切れや故障に備え、最低限の自衛措置として、克洋はサバイバルナイフと数本の鞘も手に取った。そして、千尋用には、鉤爪を思わせるカランビットナイフ。指を差し込む穴があって、それを起点に操るのだ。
克洋はナイフの扱いが得意とは言えなかったが、千尋は別だった。まるで手足の延長のように彼女はナイフを操り、首をかき切ることが出来た。
制服の下に着込むボディアーマーも、手軽なものだ。防弾性能はおまけ程度のものだが、数発であれば耐えられるのは、大きな安心感を与えてくれる。ゲームで例えるなら残機性になったようなものだ。それと、戦場でもお構いなしに、スカート姿で駆けずり回る女性たちに、膝や肘を保護するプロテクター。
「なつき先輩が、膝小僧を擦りむいてまわるとは思えないけど」
「へぇ。アタシはいいんだ」
黙々と、三人は装備を整える。長いストッキングの上から、なつきはプロテクターを備える。長い脚に不釣り合いな、無骨なプラスチックの隆起は、それはそれで不思議な色気があるものだと、千尋は唾を呑んだ。その様子が、克洋はなんとなく克洋は面白くなかった。マガジンに弾丸を込めながらこっそりと脇を小突く。
「おい。何じろじろ見てるのさ」
「脚」
「じゃなくて」
「アンタこそ、見とれてるくせに」
なつきは、克洋に向かい合うようにして弾丸を込めている。プロテクターが邪魔になるにも関わらず、脚を組み替えている。その様子を、それとなく克洋は視線を追う。テレビの光で照らされる太腿が眩しい。今度は千尋が小突く番だった。
「スケベ」
「……プロテクターが邪魔だと思っただけ」
「良いじゃない。美女に武器と防具。ヴァルキュリアみたい」
死者を導く乙女か。既に殺され、すり替えられた
だとすれば。彼女に導かれ、銃を握ったぼくはどうだろうか。そんなことを思い、彼はマガジンを挿し込んだ。
「ぼくはさながらエインフェリアか。彼女に導かれた戦士だ」
「へっそんなに立派なもんじゃないっしょ」
脛を小突かれ、克洋が顔をしかめた。それじゃあ、女神に仕立て上げるのも誇大過ぎやしないか。なつき先輩だって人間なんだぜ。そう言えば、千尋が余計に怒ることが分かっていたので、止めた。
千尋はどうも、なつきを神聖視している。彼女の為なら、全てを捧げるだろう。自分の頭を撃ち抜くことだって、厭わないはずだ。古臭い任侠ものに出る、やくざみたいに。
「あと五分もすれば、迎えが来るわ」
クリス・ヴェクターを肩のスリングでひっかけながら、なつきは立ち上がる。克洋も、彼の手には少しばかり大きなガヴァメントをホルスターに納める。その重さが、克洋を安心させる。武器を持つと安心する。克洋はそう思っている。拳銃には力がある。その力が、持つ人間を安心させる。
身長が低かろうが、性別が女だろうが、引き金に一キロばかり力を加えるだけで、いともたやすく人を殺すことが出来る。
力とは優位で、余裕なのだ。
けれども、そこまで彼は気が付いていなかった。
克洋も、スリングを引っかけるようにしてヴェクターを背負う。プラスチックのようなちんけなそれも、わずか二秒で三十の死をばらまくことが出来る。
「どう、今の気分は」
なつきは、昂ぶりを抑えられないでいる克洋を見て、柔和な笑みと共に尋ねる。
「最高です」
克洋は出来るだけその昂ぶりを勘付かれないように、感情を抑えた声で、静かに答えた。
「上出来。そう気負わないで、最初だから、楽な仕事よ」
まるで映画に出て来る兵士のように、なつきは克洋の胸を小突いた。克洋も返そうとしたが、胸元に見える膨らみとブローチを見て止まった。流石に、女の胸を触るような真似をしでかすわけにはいかない。仕事もまだで千尋に殺されたくはない。
車のエンジンが響く。迎えのミニバンが来たようだった。
「行こう。死なないようにね」
ヴァルキュリアが、前に進む。克洋と千尋は静かに頷いて、後に続く。魂を導かれる戦士のようだと、克洋の心が踊った。
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