6 あんた、死体を見ておっ勃てるタチ?

 生首が、自動ドアに挟まれていた。


 とんでもない力で殴り飛ばされたのだろうか、後頭部が陥没して千切れた首が転がっていた。眼は飛び出さんばかりに見開かれ、濁ったそれは全く別々の方向を向いている。


 克洋は顔を伏せる。そうはさせまいと、千尋が顔を押し上げ、すかさず瞼をぐいと押し広げられて、その光景を見せつけられる。

 克洋の眼にじわりと涙がにじむ。


「へっ。見てよナツ先輩! ぶるって泣いちゃってる!」

「生理現象よ。意地悪は止めなさい」


 けれど、なつきはそう言って克洋を見つめる表情は、銃を向けた時よりも、冷たかった。


「この子の言うことも間違いでは無い。人造人間の、〝スナッチャー〟のしでかしたことよ。目に焼き付けておいて」


 転がる生首を軽くつま先でつついて、なつきはパチンコ店に入り込む。

 原色で飾られた眩しい空間。そこを弾痕の黒と鮮血が、てらてらした淡いピンク色の脳みそが、およそ人体が外も中もひっくるめて全部見せうる限りの色がぶちまけられていた。


 タバコや金属の臭いさえもかき消す、血と臓物と糞尿と硝煙の臭い。


 驚いて深く息を吸ったあまり、克洋はむせ返る。辛うじて先程胃袋に納めたポップコーンと牛乳をぶちまけそうになるのを男としての矜持が堪える。千尋はともかくとして、なつきにだけは情けない姿を見せたくなかった。


「人のやれることじゃ、ないですね」

「ヒトの形をした、『何か』ならやれるの」

「それが、〝スナッチャー〟ってことですか」


 克洋がうんざりしたように言うと、千尋は意地悪な笑みを、なつきは目にかけている生徒が期待通りの答えを言った時の教師を思わせる笑みを浮かべた。


「なに、アンタって死体でおっ勃てるタチ?」

「まさか」


 そこでようやく、克洋は自分が笑っていることに気が付いた。それが異常なことであると、正常であると信じたがる理性が告げる。克洋は表情を引き締めて、


 悪趣味だなと克洋は思う。パチンコ玉を口に詰め込まれ、何度も殴打されたのだろう。椅子にもたれる死体の周囲に、赤くぬらぬらした白と鈍色が転がって、濁った照明を照り返していた。よだれと血をこぼす口腔に、およそエナメルの白は無かった。歯と言う歯が砕けたのだ。


「目的も、出自も不明。けれども、一つ確かなことは」


 なつきはそこで一度言葉を区切る。


「連中は、人を殺してなりかわる」

「そう。そして、殺しが大好き」


 ごとりと何かが動く気配がした。なつきや千尋が小さく身構える。とっさに克洋が身構えて、二人の前に立つようにして一歩踏み込んだ。それを見たなつきが眼を細めた。


「殺し損ね? 千尋、後でおしおきだから」

「……ん」


 なつきの冷たい声に、どこか湿った吐息で答える少女を見て、克洋もようやく千尋の倒錯に気が付いた。裸の彼女達が絡み合う様子を夢想しかけたが、飛び出して来た、顔のめくれ上がった〝スナッチャー〟の姿を見て、それも一瞬でかき消えた。  〝スナッチャー〟は千切れた人の腕を握っていた。突き出た骨を斧のように構えている。


「邪魔よ、お嬢ちゃん!」


 克洋の身体が、千尋に引っ張られる。細い腕にも関わらず、その力は強い。多少踏ん張ったところでどうにもならない。克洋はたたらを踏んで、少女の後ろまで引き戻される。

 流れるようになつきの細い腕が伸びた。白く、小さな少女の手に相応しい、美しい拳銃が握られていた。


 たたん、たたん。たたん、たたん。

 なつきの手の中で銃が軽く跳ねる。それを無理やり押さえつけ、リズミカルな二連射を四セット。

 四肢に計八発の弾丸を受けて、その〝スナッチャー〟は地面に転がった。それでも身体を芋虫のようにくねらせて前に進もうとする。がちがち、と歯が音を鳴らしている。それで彼女のアキレス腱を食いちぎろうとしているみたいだった。


 なつきはホールドオープンの起こった拳銃のマガジンを交換する。克洋は自分のやったことがあまりに馬鹿げていることだと今更ながら気が付いた。


 彼女達が、この殺戮の原因を倒したのだ。自分が呑気に映画で泣いている間に。前に出る必要なんてなかったのだ。彼女らにとってはこれは当たり前のことなのだ。克洋の眉が自己嫌悪に垂れ下がる。


 それを見たなつきが、ふと克洋の前に拳銃を突き出した。克洋の手を取る。指の冷たさに、銃の重さに、克洋は驚く。


「ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタ。P×4。私の知る限り、世界で最も野蛮で、美しい武器よ」


 突然の説明に、克洋は呆然となつきを見つめる。


「これが凄いのはちょっとしたパーツ交換で強力な弾丸を使えるようになること。今入っているのは.45ACP(オートコルトピストル)。獰猛なフィリピン人を殺すために産まれた、強力な弾丸」


 まるで初恋の話をするような、甘さを含んだ語りだ。ささやきが、ぞくりと少年の背中を駆け上るようだった。


「撃ってみる?」

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