Ep.13 僕の叶わなかった夢を、君に話そう。Ⅰ
「そういやお前、あの男の顔とか覚えてる?」
とアルバートはベッドに横になっている僕に話しかけた。あの事件から数日経った時だ。
「んー、覚えてないや。拉致された時も辺りは少し暗くなり始めた時だったし、顔を押さえられてたし、あの監禁部屋も地下だから真っ暗だったろ。何度か男の顔を近くで見る機会はあったんだけど、酔わされてたし、意識朦朧であんまり見えてなかったから……」
「そうだよな。俺も暗かったからあんまり見てないんだよ。しくったなぁ、同じ街にいるならお前これから危ないじゃんか。やっぱり俺が絞めて……」
いま思えばそうなのである。
何度も顔を見る機会はあったのだが、最初から酔わされていた僕は、男の顔よりも男の声の方が覚えているのだ。
「ジャック、パン買ってきたから食べなよ。固形物、ちょこっとでもいいからお腹に入れないと」
あの時、液体しか飲んでなかった僕は、固形物を受け入れるのにだいぶ時間がかかった。最初の一日目は体にまだ残っている葡萄酒のせいで、食べたものを全て吐き、パンでさえも食べられなかった。二日目はスープに入っている小さな根菜を食べて食い繋いだ。アルバートに助けてもらって、歩くのもだいぶよくなった。
「お前が仕事してるカジノにも次の日に連絡入れたし、オーナーに事情を話したら、三日どころか「足が治るまで休んでていいよ」って言ってたからさ。心配してたぜ。「顔とか怪我してない?」とか「足の怪我は大丈夫なの?」とか「泣いてないの?」とか。あの人はいい人だな。人攫いにあった、しか伝えてないのにお前の身体の怪我とか心配してる。あとでお礼言っときなよ」
「うん。あの人はいい人だよ」
食器棚の木皿を洗いながら、ふと思い出したような顔をして、アルバートが聞いてきた。
「あのカジノ、お酒も出してるの?」
「……あー、出しているとは思うけど。どうかした?」
「あ、いや。なんかオーナーと喋ってる時に甘ったるい匂いがしたからさ。客に出してるのかなと思ったんだけど店に酒類がなかったから」
「お客が飲んで入ることもあるから……その匂いじゃない? あんまり気にしたことないや」
「……そうだよな」
アルバートはなにやら神妙な顔をした。
「そういえばさ」
アルバートは僕の顔をじっくり見た。
「お前があの日、服を買いに行ったのってオーナーが休みをくれたからだよな?」
「うん。そうだよ。僕の服がボロボロだったから」
人攫いによく遭うとは言っていたが、オーナーも休みをくれたその日に僕が拉致されるとは思ってもみなかっただろう。申し訳ないことをした。一番の稼ぎ頭の僕がいなくなっては苦労をかけるだろう。
「お前がオーナーに採用されて働くようになったのって三年前くらいだったよな?」
「うん。でも、それがどうかした?」
「お前、言ってたよな。あのオーナー、お前が街で路上賭博しているところを見つけられて採用してくれたって……、即決だったって」
「うん。確かに言った気がするし、実際そうだったけど」
アルバートは皿を拭く手を止めた。
「何を見て採用したんだ?」
「え?」
「即決――、奴は何を見てお前を採用したんだろう」
僕は少し考えた。初対面で人がまず見るもの。技量か、内面? いや、それらはしばらく付き合わないと見えない。
「容姿とか、顔でしょ」
「……その頃から? まさかな」
アルバートはボソッと呟いた――、気がした。
「なんだよ」
「いや、なんでもない。それより、お前あの男に抵抗でもしたのか? 足の傷結構あるし、お前、屈してるフリしとけばまだここまでつけられなかったんじゃない?」
アルバートは僕の足を見た。
まだ布が巻かれていて血が少し滲んでいる。細かな傷は完璧に治るだろう、と少しのお金で見てくれる貧民街の闇医者はそう言った。細かな傷ならば治るだろうと。
それ以外は一生残るだろう、と……。
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