Ep.12 

「よいしょっと」


「ぶふっ」


「変な声出すなよ。驚くだろ」


「だって」


 そんなことを言う割にはアルバートの顔はちっとも嫌そうには見えなかった。


「……やっぱり暗闇で見ていたからあんまりはっきり見えなかったけど、明かりの下で見たらこりゃひでぇぞ」


 僕も初めて見る。というのも体が自由に動けなかったから、あんまり足がどうなっているのか見られなかったからだ。


「結構酒臭いから、お前は早く湯屋に行きたいんだろうけど、足の傷がこれじゃ滲みまくるぞ」


「……うん……」


「三日で治そう。お前の仕事先には俺が連絡入れてやるからお前はここでおとなしくしてろ」


「三日?」


「それでこれの出番だ」


 アルバートが取り出したのはさっき店で買った瓶と布だ。


「服を脱がした方がいいかな。さすがにワンピースでずっといるのは嫌だろ?」


「うん。イヤ。自分で脱げるからしばらく出てて」


「じゃあ、着替えはここに置いとく」


 もう自分で脱げる。それが嬉しかった。僕は新しいシャツに着替えてクローゼットの中の毛布を取ろうと足を動かしてピョコッピョコッと動く。


「お前、動くなって言ったろう」


「だって毛布……」


「お前な。傷口が開いたらどうすんだ。砂利が擦り込まれた変な傷もたくさんあるのに本当に傷跡が残っちまうぞ」


 アルバートは僕が取ろうとした毛布を取って僕を寝かせた。自分の重さで寝台が沈むのを気持ちよく思いながら、自分の身が包まれる毛布の暖かさと、親友の声が嬉しくて、僕は我儘も言いたくなったりとかして――。


 嗚呼、温かい。構ってくれる親友はとても優しい。


「ましてやその傷が熱もってお前が病気になったらどうするんだ? 治す薬代もただじゃないんだぞ?」


「でも」


「でもじゃない。俺はイヤだぞ、お前の足に残った無数の傷跡を見て今日のことを思い出すのなんか」


 アルバートは傷だらけの足に瓶の中の液体を落とした。


「ひゃっ」


「ちょっと冷たいかもな。でも多分これが一番効くから」


 足全体にのびるようにアルバートは塗りたくる。


 その液体の正体は蜂蜜だった。


「なんか足の裏まで傷があるのはなんでだ?」


「多分、眠ってる時とかに打たれたんだと思う。そうすると気づかないから……あとは覚えてない」


「痛そー。俺それ嫌だわ」


「僕も嫌だ。それにしても蜂蜜なんて高いし、なかなか手に入らないのに。平気なの? お金」


「大丈夫。ばっちり稼げたから。よし、塗り終わった。じゃあこれで巻くよ。足上げて」


 ジャックは言われた通りに足を上げた。


「イッ」


「傷口に蜂蜜を塗って布で抑えるだけだから、多分痛いな。我慢しろよ」


「うん」


「右足も」


「うん」


 巻き終わった僕の足をアルバートはゆっくりと降ろした。


「これで完了。後は、傷らしい傷はないな」


「……アルバに叩かれた頬が痛い」


「それはもう過ぎたことじゃん」


「うん。僕も目が覚めたよ。諦めちゃいけなかったんだ。よかった。本当に助かったよ」


 顔だけは避けて拷問された。顔だけは絶対危害を加えられなかった。その頬を叩いてくれたのは、絶望に打ちひしがれた僕を助けてくれた親友だ。


「ありがとう」


「おうよ」


「本当にありがとう」


 また涙が溢れてくる。よかった。本当によかった。僕はアルバートに抱きついてずっと泣いていた。


「……お前って本当に泣き虫だな」


 僕がその後アルバートとお酒を飲みに行くと、必ず酔っ払って泣きじゃくるのが癖になってしまった。それはアルバートの前だけだけど、アルバートはきっと僕のことを「泣き上戸」だと思っているんだろう。


 多分ずっとそうなんだろう。


「よしよし。怖かったな」


「うぐっ」


 アルバートは僕と同じ年だったと思うが、僕たちは正確にいつ生まれたのかお互い知らない。でも、アルバートが僕の頭を撫でる手は大きくてあったかかった。

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