あたりまえの平和がこんなにも愛おしいⅢ
◇◆◇◆◇
「なぁ」
「アルバートか。なんだよ」
「デファンス嬢はどこに?」
「休憩中。衣装替えだから、僕はここで待機している」
ロドルは隣に来たアルバートにそう返した。風に当たろうとバルコニーに出てきた時、待ち伏せしていたようにアルバートがいた。手にはグラス、お酒の瓶を乗せたお盆を持っている。
「お前、仕事は」
「俺はもう配り終わっちゃったから。後はお前くらい。一杯どう?」
「……僕が潰れたらどうするんだ」
「そう言うと思ったよ」
ならば勧めなければいいものを、とロドルは思う。アルバートはロドルに勧めようとした瓶とは違うものをグラスに注いだ。
「これなら飲めるだろ?」
「……水?」
ロドルは一口含んだ。確かに水だ。
「本当は酔いつぶれたやつにあげるお水だけど。俺の仕事は、お酒を勧めて楽しませることだから」
「ありがと」
「運動して喉乾いたろ? 踊り、相変わらず上手いな」
「そりゃどうも」
ロドルはバルコニーを背にして地面に座った。アルバートは立ったまま。ロドルが水をちびちび飲むのをアルバートは耳で確認してから遠くを見た。遠くの記憶。時空の狭間の記憶。
「本当は」
アルバートも自分のグラスに水を注いで飲み始める。
「……リュビちゃんと踊る為に習った型の古い踊り方だったな」
「うん」
ロドルが演舞中に踊っていたのは、今はもう踊られていない型。彼は今の型も踊れるは踊れるから別に変なところはなかったし、今の型はロドルが慣れ切った型の変化形であるからほぼ変わらない。しかし見たことがある者には分かる。
癖なのかそれがにじみ出ていたのだろう。
「もう諦めろよ。人は死んだら生き返らない。俺らは例外中の例外。俺も、お前も、本当ならこの世にいちゃいけない存在。もう千年も前に彼女は――」
「知ってるよ。僕の妹はもう死んでる。でも、僕は僕は……」
叫ぶ声が嗚咽に変わっても、ロドルの声は止まらない。
その時ガサッと音がした。
アルバートはロドルを自分の後ろに隠す。ロドルとしても泣きじゃくる姿は見られたくないだろうから。
「アルバート? ロドルはどこにいるのか知ってる?」
バルコニーの扉が開いてデファンスが顔を出した。
「……あー、あいつ? あいつならちょっとトイレ行ってますよ。だからここにはいない……」
「あらそう? じゃあ行くわね」
デファンスはドレス姿のまま、そこから離れた。
アルバートはほっと胸をなで下ろす。
「ありがと」
「いいってことよ。俺がこの話題を振ったのが悪かった。デファンス嬢に聞かれていい話題じゃない。俺らの秘密がばれちまうよ」
「……ありがと」
「どうもいたしまして」
目が赤くなったロドルの顔は、月明かりに照らされていた。
アルバートは走っていくデファンスの後ろ姿を見つめながら彼に聞く。
「お前さ、――もしデファンスちゃんが婚姻して上手くいって、彼女が女帝になるとしたら、お前は変わらず従者で居られるのかな」
「どういうこと?」
「あの子ってさ、お前がずっと好きなお嬢様によく似てるよ。どんなに周りからの当たりが強くても、決して弱音は吐かない。まぁ少し逃げることもあるよ、でもやると決めたらとことんやる。あの子は強いよ。お前はさ、お嬢様にはずっと召使いとして接してたさ。どんな事があっても、彼女の味方で居た。結果的にお前は最期まで見れなかったけど、それを誰が責めるんだ? お前が後悔しているのは彼女から自分を離して、ちゃんと向き合わなかったからだろ。お前は過去に囚われすぎなんだ。そして、今の状況も千年前と変わらないさ。お前はまた従者であり続けようとしているだろ?」
アルバートの言葉は最もなのである。自分はまた距離を置こうとしている。従者として彼女から一定の距離を置いて、深く関わらないようにしている。
「お前がいいならそれでいいよ。でも、後悔はするな。俺らは人生の中で後悔があって未練があるからここに居る。生まれ変わりの輪廻の輪から逸れた問題児だ。お前はあの子にもそんな業を背負わせる気か?」
ロドルは涙を拭いた。
「背負わせない。この時代は平和なんだから、僕たちみたいなのを増やしてたまるものか」
「それでこそお前だよ」
アルバートはふと笑った。
仕事が他にあるからと、アルバートはまた部屋に入っていった。
ロドルも思う。そろそろ戻らねばならない。
「アルバートの言う通りだ」
デファンスは彼女に似ていた。気高く凛とした雰囲気はそっくり。もしかしたら、彼女の生まれ変わりかもしれない。
大好きで愛していた、ただ一人の自分の双子の妹。
千年も前の話なのだ。
「ロドル! そこに居たのね?」
不可能ではないのだろう。
それでも僕は素直ではないから、あの悲劇を繰り返したくなくても、彼女と同じようには接することはできないよ。
「ええ。皇女様」
お嬢様と貴方を呼ばないのは、大好きな彼女と区別するため。
「僕と踊りましょうか」
僕は昔と少しも変わっちゃいない天邪鬼だけど。
最低で、ヘタレで、弱虫で、――過去に縛られている。
「喜んで!」
君の笑顔が見られるなら――。
今はもう少しだけこのままがいいんだよ。
◇◆◇◆◇
嗚呼、でもやっぱり僕は
もう彼女はいないのに思い続けている。
君は知らない。僕は彼女を想いながら、目の前に今いる君の手を取るのだ。君の僕への恋心を知っておいて……――。
僕は最低だろう?
そんなズルイ僕を許してはくれないだろうか。
いや、許してくれなくても僕はいい。馬鹿だと罵ってくれれば、むしろ助かるのだ。
僕の目を覚まさせて。
だから僕を好きになんてならないで。
A.A.1367.9.18
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2016年6月26日書下ろし
2021年8月6日修正
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