Ep.38 永い、永い、夜は明けてⅡ

 ◆◇◆◇◆




 教会統括クローチェの日課は新聞を見ることから始まる。


 新聞と言ってもそんなに重要なことは載っていない。悪魔の情報でも載っていたら助かるのだが、毎度毎度事件があったらこっちの身が持たない。


「『スウルスの街が枯渇。有名な水源地がなぜ』か。大変だな。


 ……『教会復旧完成間近』と。いつも通りだな」


 変わったことはない。


 一面に戻って見ると小さく書いてある記事に気づいた。読み流してしまいそうな小さな、小さな記事。


『大公妃殿下が行方不明。フェレッティ別宅にて血の海の惨劇』


 見出しにはそう書いてある。


 フェレッティと言えば、ノービリス大公国を支配する公爵家。圧倒的な財力で物をいわせる歴史多き名家だ。


 知らない人はいないだろう。カポデリスではその名を聞いて怒りに震えるものも多いだろう。俺も実際そうだ。


 五百年前、聖戦より真っ先に逃げ出した家にして祖先はかの有名な英雄。――ジャック・フェレッティ。


 通称ジョーカーの石像の彼だ。


 教会の本部を設置し、その頂点に立つその家の名こそフェレッティ。文面には『暗殺か。それとも誘拐か』など数々の推測が踊る。事件の詳細が分からないからこそ、こんなに小さな記事なのだろう。でなければこんな事件が小さく書かれる意味が分からない。本来ならデカデカと載ってもおかしくない。


 ――なにか、情報の制限がかかっているかのようだ。


 しばらく廊下を歩いているとエルンストがいた。


 丁度いい。


「おーい! エルンスト!」


「クローチェ様! おはようございます」


 昨日そのまま寝てしまったデファンスの所在を聞くと、まだ寝ているので部屋にいるとのことだった。ロドルは置き手紙を置いて帰って来なかった。必ず朝には帰ると、その手紙には書いてあったから戻ってくるのは確実だったが。


「それよりこれを読んでみろ」


 エルンストに見せたのはさっきの記事。そしてこっそり耳打ちをする。周りに聞いているものは見当たらない。


「お前はどう見る?」


「……この記事ですか?」


 頷くとエルンストは顔を強張らせた。


「本部の会議は、彼女が議長でした」


 もう一度頷くとエルンストはホッとしたような顔になる。


「……行方をくらますのはおかしい。この大事な時期にそれはあり得ない」


 クローチェの言葉にエルンストが続けた。


「もうすぐで『』に収まるのに行方不明なんてあり得ない」


 賢く美しいと評判の女性だった。誰にでも優しく、国民からの支持も高い。だが少々賢いが故計算深い。夫であった大公陛下は自らの美貌と性格で手に入れたと聞く。仲睦まじい夫婦だったがその彼を亡くした時から雲向きが怪しくなった。何が変わったとは言えないが、確かに彼女が変わっていった。


 人が変わる、あり得ないがそう比喩した方が正しい。


「それと例のアレ、どうだったか?」


 エルンストにそう問いかけると、エルンストはこっそりと耳打ちをする。周りに聞こえないように警戒しながら。


「はい、調べましたけど――。あの命は貴族ではなく、彼女……大公妃の勅命だそうです」


 クローチェはそれを聞いて手を顎に添える。


 やっぱりおかしい。何かある。


「あれ? クローチェ様ぁ! おっはようございまーす!」


 向こうから走ってくるのはクレールだ。ワンコのように尻尾を振りながら、駆け寄ってきてエルンストに叩かれる。


「お前仕事は?」


「いいの、いいのー、何見てるんすか」


 クローチェが記事を見せるとクレールは驚いた顔をする。


「え!? 行方不明……なんで?」


「知らないから聞いてるんだ」


 全くこいつは。危機感っていうのがまるでない。


「……三人組。クローチェに用があるんだが」


 彼らは声を掛けられるまで気付かなかった。彼は自分の気配の無さを忘れて普通に近づいただけだったのだが、エクソシスト達には心臓がいくつあっても足りない。肩をビクッとさせたのはクレールとエルンスト。クローチェは拳銃を向けた。


「ごめん。驚かせるつもりじゃなかったんだよ。すまなかったね」


 声の主はロドルだった。目の前に突き出された拳銃にも慌てることなく、すまなかったと謝っている。


「いきなり出てくんなぁ!」


「そうですよ! 死ぬかと思った!」


「次やったら撃つ」


 嘆きと怒号と殺意と。


 それを見てロドルは慌てるどころか代わりにクスリと笑った。


「良かった。いつもの君達だ」


 あどけない子どもみたいな笑い方。真意は分からないが心の底からホッとしているような、そんな顔だった。


 なんでそんな顔をしたのだろう。

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