Ep.09 暴走魔術とラブレター
木箱の解明は難航していた。
「鍵……もただの鍵じゃないな」
今は埃を被っているが、以前は紋章付きの立派なものだっただろう。クローチェはまず、木箱と鍵が合うのかを調べた。
鍵穴と鍵。この二つを同時に見れば、何を考えずともこれらが噛み合わさるかを調べる。
そして答えは合わなかった。
この鍵ではないという事だろうか。
机には羊皮紙に描かれた魔法陣。いつも使っているものだ。
「開きませんねぇ。いっそのこと――、物理攻撃でぶっ壊すとか……」
「やめろ。これがずっと昔の価値あるものだったら俺が本部でどやされる」
クレールが珍しく物騒なことを言うのは、彼もこの箱を置けるのに頭を抱えているからだ。同じくクローチェも。
この箱は簡単に壊れそうな木箱に見えるが、鍵穴にはある特定の人物にしか開けられない封印魔法。これは日記帳などの個人的に所有していたものによく使われる魔法で、自分にしか見られないようにする時に使うことが多い。
そういえば、依頼の時『私とお兄様』しか触れられなかったと言っていた。
何かあるのだろうか。
「大丈夫ですよ! 見る限り価値なんてありそうにないですし……ぶっ壊しましょ!」
クローチェは考えに耽ってクレールの言葉を聞いていなかった。クレールは木の小槌を振り上げ、そして振り下ろした。
「あっ!」
止めようと思ったがもう遅い。
「クローチェ! デファンスを見つけたぞ。これで文句はないだろう!?」
ガラッとドアが開いて膨れっ面のロドルが入ってきた。クレールの小槌は空中で止まって木箱は難を逃れた。
「この木箱とまだ格闘していたのか」
ロドルはそう言うと机の上に乗っていた木箱を持ち上げ、手に乗せた。ロドルはじっくり木箱を見ている。
「へぇ。そんなに大きくはないけど小さくもないね。手帳なら一つ入りそうだ」
そしてロドルの手が鍵穴に触れた。
「ん?」
ロドルの顔は表情こそ変えなかったが、
「これ本当に魔法かかってたの? ……普通に開いたよ」
カチャリ、甲高い音を立てて木箱が開いた。
「え!? 何で!?」
クローチェとクレールは訳が分からない。確かにどんな解除魔法を使っても開かなかったのだ。それがどうして。
「まさか――、暴走魔法か? お前が触ったから!」
暴走魔法、と言うのは簡単な魔法がかけられた物体に、魔力が高いものが触りその魔力が流れたことによってショートする現象だ。分かりにくい場合は、電気回路を想像するといい。ある特定の電流は流すが、一気に高い電圧の電流を流すとショートする。
それに似ている。
「へぇ、手帳がやっぱり入ってるよ」
「お前が見るもんじゃない!」
クローチェはロドルの手から木箱をひったくった。
依頼者に許可をもらわない限り、第三者に中のものを読ませるのは仕事上問題がある。
「アヴィは何処にいる?」
「あれ? そういえば見ませんね」
クレールがきょろきょろと周りを見たが彼女の姿はどこにもない。
「居ないなら仕方ないか」
クローチェは木箱の中身を取り出した。
「――あ!? 僕には見るなって言ったのに!?」
悪魔の戯言に耳を貸さない。
無視されたロドルは膨れっ面で拗ねいじける。
「手帳……」
木箱の中には一冊の手帳が入っていた。上等ものの革で出来たブックカバー、金の刺繍で紡いだ栞、そして小さな鍵。手帳には数枚の紙が挟まっている。そして便箋。
手紙が床に落ちた。拾い上げて目を通す。
そこにはこう書いてあった。
『アルタイルとベガ、空で彼らが唄う季節。私が生涯愛する貴方へ、この手紙を送る』
恋人に当てた手紙だろうか。
綺麗な文字はそれだけで品性があり、教養を感じさせる気品ある文字。
『貴方が見ているかもしれないと思って私はこの手紙を書くの。きっと貴方はそんなわけないと笑うでしょうね。馬鹿だと思う? そんな事はないと。空の二人が永遠に逢えないように、私達もきっともう会うことはないでしょう』
別れたのだろうか。
それとも――、生き別れたのか。
会えない恋人にあてるような悲しい言葉の数々。
アルタイルとベガ、この二つの星は恋人どうしで離れて空にある。それを踏まえてだとしたらなかなかの詩人だ。
「なんで閉じたんですか」
クレールが不思議そうに聞く。
「いや、恋人に当てた手紙なら俺たちが読むのは――」
そうですね、とクレール。
踏み入るものではない。
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