僕がこの世で一番嫌いな日にⅡ
「悔しい……なんであんなに余裕なの!」
ダイニングに戻ってデファンスは居た。
誰もいないのはまだ夕食には程遠いお昼だからだろう。ここは朝食と夕食にしか使わないし、昼食は食べる人と食べない人でまちまち。なので全体では用意しない。食べる人は自分で作るか、頼んで作ってもらうのが決まり。
例えばお父様は朝食を時々、夕食は毎回。その時間にしか顔を出さないといった具合。
「ロドルは……来てないのか」
この時間ならそろそろ来るはずだけど。
ロドルが来ない代わりに声がした。
「あれ? デファンスもロドルのご飯をもらいに来たの?」
お母様、メーアだった。
「え?」
「あらぁ、違うの? 最近、この時間になると何か作ってるから。何を作ってるの、て聞いたらお零れをもらってね? それからたまに来てるんだけど……」
メーアは私の隣に座った。メーアが指を一振りすると、棚に置いてあったカップとポットが動き出し、空を飛んでこちらに来た。
「日によって違うけど、シフォンケーキだったり、パンケーキだったり、軽食系のおやつを作ってくれるからここで待ってるのよ」
喋っている間に向こうの火にかけられたヤカンの中の水が沸騰する。キラキラと指から光の粒が飛び交い、ヤカンやポットや、カップが準備する。
茶葉を持ってこようとした時、メーアはふと止まった。
「あら、あのお茶が無いのね……飛んで来ないみたい」
手元にあるのはメーアが欲しいものとは違うお茶みたいだ。
その時だった。
「すみません。この前、買ってきたのを出し忘れていました。ここにありますから、僕が淹れましょう」
ドアが開いてロドルが入ってきた。
手にはトレーが乗っている。
「ワッフルが上手く焼けなくて……お好みで好きなのをどうぞ」
テーブルの上に置き、ロドルは慣れた手つきでヤカンのお湯をポットに半分くらいまで流し込み、茶葉を入れた。そしてもう一度お湯を注ぐ。そして蓋を閉めて数分。もう一度開けると完成。
たちまちいい香りが漂ってきた。トレーの上には三枚のお皿と、ワッフルが乗った大きなお皿一枚。
奥からジャムとクリームが入った瓶も出してくれた。
「はい、どうぞ。冷めないうちにお召し上がりください」
そう言うと向かいの席に座った。
ワッフルからはまだ湯気が立ち上る。
メーアはそう言われる前にワッフルを皿に取り分け、ジャムを乗せている。私もそれに倣う。
ロドルは二人を待って最後の一枚を取り、私達が終わってからジャムとクリームをかけて食べ始めた。
行動は優秀な執事のそれなのだが。
お昼がちょっと過ぎた頃、ロドルは毎日ここに来ていて何か作って食べている。それは前から見るのだ。お母様が来ているのは知らなかったけど、私も毎日ここに来るわけではないから入れ違いになっていたのだろう。
「そういえば、デファンス様もメーア様もなぜここに? 珍しいですね」
「私が来たらデファンスも来たのよ。貴方のご飯美味しいんだもん」
というのも、ロドルがここで食べているのはこの城のものならだれもが知っている。良い匂いがダイニングの外までしているのだ。そりゃ集まってくる。
それほど、ロドルのご飯は美味しい。
「それはどうも」
「貴女こそ。食べなくてもいい魔物なのに、作るのはなぜ?」
メーアがそう聞いた。ロドルはしばらく考えてからナイフをお皿の上に置いた。もうロドルのお皿の中身は空になっている。男の子が食べるのにしてはこの量は少ない気がしたのは気のせいではなかったようだ。
「昔の習慣ですね。確かに食べなくとも死にませんけど……」
ロドルは口元についたジャムを指で拭っている。
「習慣というのは変えられないものですよ。良い習慣は意識して続けなければ、悪い習慣は意識して直さなければ」
「へぇ。貴方にとってそれは前者? 後者?」
「答えなければいけないことですか」
ロドルはにっこりと笑顔でそう言ったが、メーアは少し渋い顔をする。
「もう。そう言ってはぐらかすんだから! 少しぐらい答えてもいいじゃない」
「メーア様がそう訊くから、デファンス様にもそれが写ってしまってるんです。余計なこと、聞かなくても支障は無いですよ」
ロドルはカップを静かにすすった。メーアはほおを膨らませて、舌を出した。
「ベェッ! だ! ロドルの意地悪!」
こういう時のお母様は幼い少女に見える。いたずらっ子で好奇心旺盛な少女に。
「さっきもデファンスをからかっていじめてたんでしょう! 執事としては優秀でも、人としてどうかと思うわよ!」
メーアは悔し紛れなのか、そんな事を言う。
「お母様、いつそれを」
「うん。ロドルがダイニングから嬉しそうに出てきた時に聞こえたよ。あと、ロドルの部屋から走ってくるのも。ゼーレが『うるさい』て文句言ってたから、ロドルは後で怒られるわね」
それを聞いた途端、ロドルはお茶を吹き出した。タラタラと口から茶色い液体が垂れている。
「……メ、メーア様。そ、それは本当ですか……」
ロドルが珍しく動揺している。
ちょっと面白い。
「本当ですかァ!?」
私達は顔を見合い、そしてニヤッと笑った。
「そうそう。ゼーレがカンカンになってたからぁ、きっと怒られるわね」
「お父様怒ると怖いからなぁ」
ねー、と二人で言い合う。
ロドルの顔がどんどん青ざめていくのが見える。身をガタガタと震わせて、お茶が溢れたままだった。
「僕は何もしてない……見てない……聞いてない……聞かなかった。ははっ……そうさ、知らない……知り得ない!」
現実逃避に逃げたようだ。
ロドルはユラッと立ち上がりダイニングから出て行った。
それほど怖いのか。
私とメーアはハイタッチをする。
二人で一勝。
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