第二譚 今宵の空へ鐘はなく

番外編

僕がこの世で一番嫌いな日にⅠ

「デファンス様って脳みそが弱いですよね」


 眠そうに欠伸をしながら、執事が言った。元々癖のある髪の毛が更にくるくると巻いている午前中。向かいの机に座って彼は新聞を読み、私――デファンスは本を読んでいた。


「はぁ?」


「えっと……その意味すらも分かりませんか……。まさかそれほどまでとは思いませんでした」


 いや、それは分かってる。だが、それを咎めているのではない。


「気を悪くしたのならすみません。どういう反応をするのかなと思ってみただけですから」


 その言葉とは裏腹に、彼はなんの悪びれる様子もなく、そう言って席を立った。眠そうな目がふわふわとまた欠伸をする。


「それだけ? それだけで私を馬鹿にするようなことを言ったの?」


 声は平静を装ったが、手はプルプルと震えている。我慢ならない。その後の返事によっては爆発するかもしれない。だが、彼はなんの事でもないような顔をしてしれっとこう言った。


「ええ。暇でしたので。感想としては、案外普通の答えでしたので、少しつまらなかったというくらいですかね」


「もう! ロドルのアホ! 暇だからといって主人を馬鹿にするやつがあるもんですか!」


 彼こと――ロドルは、私の剣幕に全く動じずにむしろやれやれといった様子。


 こいつってやつは。


「早くどこかにでも行け!」


「そうですか! ありがとうございます。デファンス様直々にお暇をいただけるとはなんという幸せ。わたくし、感服いたします!」


 ロドルは待ってましたとばかりに喜んだような声を上げ、とっても嬉しそうに部屋を出て行った。わたくし、とか普段言わない一人称を言うくらいに。


 バタンと勢いよく閉められたドアが虚しい。


「は……嵌められた……」


 初めからロドルの行動は、煽って『何処へでも行け』の命令をもらうための小芝居だったらしい。


 最後のセリフを言う時のあのシメタという顔が証明している。あんなに嬉しそうに言うものがあるか!


「うぅ……悔しい……」


 こうしてロドルの魂胆に嵌められるのはこの私、――デファンス皇女様のいつもの日常であった。


 魔王城の王、ゼーレの一人娘デファンスの執事はたった一人。父であるゼーレの側近ロドルがそれだった。


 外見は十五か十六。だが、年齢が止まってるので実際はかなり上らしい。ここの召使いの中では一番長く付いていて、魔王城の中にも詳しい。一番長く付いているから執事長の役目も負っていて、新人の教育係でもある。あんなに主人を馬鹿にするやつではあるが、仕事は優秀だしなんでも出来る。


 そんな彼が執事なのだが、そんな彼のことを実は全く知らない。


 黒髪であること、左眼に傷があること、料理が上手いこと、魔法陣の使い手であること……。


 それ以上は何も知らない。


 なのでといえば安直だが、ロドルも暇と言っていたし私も暇だ。


「ロドルのこと、少し調べてみようかしら」


 一日中まとわりついていれば何か分かるかもしれない。


「いざ! ロドル探索の旅へ!」


 今日一日は暇が潰せそうだ。


 ロドルは迷惑かもしれないけど、さっきの報復と参りましょう。




 ◇◆◇◆◇




「ロォードォールゥー!」


 城の最上階のある部屋。


 ドアがあるはあるのだが、ドアノブが外され、鍵穴に鉄板があてがわれ、その上を丁寧に漆喰で埋められていて、全く動かなくなっている部屋がある。あの秘密主義な執事の部屋だ。


 そこまでして入室禁止にする理由を問いたい。


 私はかつてはドアだった壁を叩いている。地面には魔法陣があるが私は使えない。コレと中にもう一つの魔法陣が繋がっていて、彼が移動するのに利用している。


「うるさいです。邪魔」


 地面の魔法陣が光ってロドルが現れた。


 不機嫌そうに腕を組んでいる。


「用事はなんですか。買い出しは行ってきましたし、お茶の時間はまだでしょう」


 髪の毛をかきあげ、髪を結んでいたゴムを外している。髪が少し長いからか、彼はよく髪を結んでいる。よく見ると手にインクが付いていた。ドアの前にいるときにも何かを書いている音がしていた。何か書き物でもしていたのだろう。


「用事は特には無いのよ。それより、貴方の部屋に入ってみたいのだけど。中はどうなっているの?」


「ダメです。しばらく掃除してないので本とか、書類とかが乱雑してますから。地面に落ちた薬品の瓶のかけらとかありますよ」


「ダメと言われて、諦めると思って?」


 ロドルはやれやれと呆れ顔。顎に手を当て、暫く考え事をしてから話し始めた。


「……男の部屋に入りたいなんて、デファンス様も変なお趣味をお持ちですね」


「はぁ!?」


 私の声はおそらく彼の思い通り。


「いや、そうでしょう。僕の部屋なんですから、脱ぎ散らかしの服とか置いてありますのに。見たいんですか?」


 そう言えばそうだが……いや、この流れはさっき見たことある。


 ロドルは無表情で追い詰めていく。


「そ、そう言ってはぐらかそうなんて、さっきみたいに嵌められると思って!? そんなに単純じゃないわよ!」


「そうですか。じゃあデファンス様がそういうお趣味をお持ちの変態と判断しますが、それでよろしいですか」


「もういい!」


 走ってロドルの部屋から退散した。


 ロドルは走り去る私の背中を見ながら人知れずガッツポーズをしていたという。


 今回も敗北だ。

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