歯車はいつも噛み合わないⅪ‐①

 ロドルはゼーレが何度も問う『何を考えている?』という質問に答えることはなかった。はぁはぁと、息が切れる。


 もうすぐ魔力は尽きるだろう。


「おい、ロドル……お前もこれまでだな? 魔力がとっくに尽きかけているお前がここまで挑んできたのは誉めてやろう」


 それはゼーレにも気付かれていた。


「あいつを打ちのめせ」


 ゼーレは近くにいる人影に一声する。ゼーレのそばにいた影はクッと顔を上げた。血の気の通らぬ陶器のように滑らかな肌、漆黒に揺れる髪、血のように真っ赤な瞳の亡霊。元はここにいる従者だったであろうがその無残な姿には、憐れみすら感じさせる。


「犠牲になった数を考えると、僕よりもタチが悪い」


 床には血だまりが広がりまるで池のようだ。


「この時の記憶が無いのがさらにタチが悪い!」


 目の前にいるゼーレはもはや正気ではない。


 もう想像はできている。なぜお前がこの抑えなくてはいけない能力を使っているのか――。


「ネーロに毒されたか……」


 横目で倒れた影を見る。あいつは、僕にゼーレを殺してほしいのだ。直接そういう命令をもらったわけではない。


 教会の襲撃を命じられた時から、そして魔王城を襲撃しろと命令された時から。いいや、もっと前。僕に契約印を刻み込んだ時から。あいつはいつもどこかのタイミングで僕の大切なものを自分で壊すように仕向けるのだ。質が悪い。本当に質が悪い。


「僕にゼーレを殺させるつもりか」


 今頃クローチェは合図を受け取ったかな。ゼーレもハァハァと息を切らすだけで声を一切発することはない。


「魔力供給も間に合わないのか……、僕もさっきからキツイし、都合がいい」


 そう呟き、剣を地面に突き刺す。


「どうせ、僕が殺さなくても血で操られた亡霊はここで死ぬ。クローチェの両親もお前に操られ、僕が殺した。幼い少年にあの場面を見せたこと、僕はずっと後悔している」


 お前は覚えていないだろうが。


 目を伏せた。思えば僕がクローチェに恨まれるのも当然といえば当然だ。止むを得ず、とはいえ手を下したのは僕だから。


『誰だって自分の親しいものが化け物と化すのは耐えられないだろう』


 それは慈悲のつもりだった。僕は彼等を殺した。


 幼い少年の目の前で――。


 やめてくれ、と叫ぶ声の前で――。


「だからかな」


 フッとロドルは笑う。


 あいつは人間でも信頼している。僕は彼のお姉さんしか助けられなかった。生き別れにさせた、忘れさせていた記憶を蘇らせ辛い思いをさせた。片割れは全ての記憶と意思を捨て、片割れは悪魔を殺すことだけに執着し。


「僕は……どんなにあいつに恨まれようと構わない」


 ロドルは剣を強く握った。


「ゼーレ、ここでお前を倒す。これ以上犠牲者を増やすな!」


 ゼーレは何も言わない。


 この声が聞こえたかも確かではないのだ。


 それはただ命令と殺肉を繰り返す。


「ヤレ」


 意識はぶっ飛んでいるのだろう。


「正気に戻れと言っても聞かないか」


 クローチェが来るまでの辛抱だ。彼が切り札。彼が最後の賭けだ。ギリっと歯を食いしばる。メーアやデファンスに見せられるものではない。見せたくない。


 あの時のように……。


 一瞬思考が止まる。


 ゼーレにつく亡霊は自分に目掛けて飛んでくる。あっ、と止まる時間はない。敵は捨て身でかかっているのだ。


「クッ……速い……」


 こっちは息を切らしているのに、向こうは息すらせずに攻撃し続ける。斬り捨てても倒れない。殺すまで止まらない。


「亡霊は死ぬまで止まらない……か」


 咳をして手につく血を眺める。もう迷ってはいられないようだ。ゼーレのあの技を見た人は少ない。長年一緒にいるメーアでさえも知らない。


 かつて魔王の一族だけが持っていた禁忌の能力。


 血を吸い、『魂』を操る。強制的に傀儡にする。


 この技は操った者の精神を壊し、完全な傀儡とする。一度、傀儡になってしまった人間や魔族はもう元の姿には戻れない。


 待つのは死のみ。


 自分の体力を使い切るまで働かされてやがて死ぬ。生き残ってもただ相手を殺すためだけに存在する、バケモノと化す。


 亡霊は操られている間、一時的に魔力が増え攻撃が強くなる。しかしそれは本来術を受けたものがが無意識に抑えている力のリミッターが外されているからこそ出来るのだ。


 死を恐れず向かってくる亡霊。――それは、死を恐れないからこそ厄介なのだ。殺されるまで殺しに来る。


 ゼーレですらもこの技を使う時は正気を保っていない。


 亡霊を止めることは不可能なのだ。


「また、見るとはね」


 剣を握る。これ以上時間をかけたら自分の方が先に死ぬ。


 剣を振り上げる。向かってきた若い執事を斬る。


 目に涙が光っていた気がした。

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