歯車はいつも噛み合わないⅧ
時間は数時間前に遡る。
謁見の間にて始まるゼーレと執事の一騎討ち。
「グッ……」
二人は二本の剣を手に抗戦する。
ゼーレは焦っていた。自分の執事と瓜二つの姿をし、手にロドルの剣を握るそれは、まだ自分のことを明かさない。
「誰だッ、誰なんだッ!」
いつもの平常心を忘れるほどにゼーレはこの状況を早く打破しなければと考えていた。
「お前は一体ッ!」
剣を振り、相手を投げ倒す。いきなり相手が斬りかかってきてから数十分。未だに正体は分からない。だが、初めの挙動から彼が『ホンモノ』ではないことは分かっている。
「なぜ、俺の執事の姿をしている。ホンモノはどこだ、無事なのか。なぜロドルの剣を持っている。あいつがどこにいるのか知っているのではあるまいな。――まさか、お前の差し金か」
ガチャ。相手の頬を挟み、二本の剣が光る。
「早く言え。さもなければ……」
睨みつけ啖呵を切る。ただでさえ、この地震といい襲来といい、気が立っていたゼーレの迫力はいつもの二倍……いや数倍だろう。淡々とした物言いも忘れてしまっているようだ。
その様子に執事は笑みを零した。
「はっ……僕が誰かとね。この剣を持っていることになぜロドルだと疑わない? 何かの核心とも? それか、」
執事は立ち上がり、剣を振り払う。
「絶対にロドルがお前を襲わない、となぜ決めつける?」
執事は怪しくこちらを見据える。確かにこの状況では奴がロドルかもしれない。見覚えのある彼の部下に化け俺を欺く。それも考えられるだろう。
むしろそっちの方が自然な考え方だ。だが俺は……。
「あいつが裏切ったこと、俺はまだ信じてない。信じられるわけがない。だってあいつは……」
「お前を信じていたからとでも言う気か?」
執事はゼーレの言葉を先読みする。
ゼーレは驚き、顔を上げた。
「なぜそれを」
「あいつが言っていたから。取引の時に、あいつはこの剣を俺に預けた。その代わりに……」
執事はゼーレに剣を掲げた。
「ゼーレ、お前の命を天秤にかけた。つまり、ロドルにとってお前は、」
ゼーレはその意味を頭ですぐに理解出来なかった。執事の吐いた次の台詞にも処理が追いつかないほど、言葉が頭を駆け巡った。
『主従とかでもなんでもない、ただの賭けのチップだとそう言った』
「嘘だ! あいつがそんなこと言うわけない。お前はあいつにとってなんなのだ、なぜロドルをそんなにも知っている」
「はっ……まだ分からないのか。あいつからたった五百年で何を知った? どうせ、聞いてないだろう。なぜ、裏切ったのか、なぜお前達から姿を消したのか、なぜ、ロドルはお前ではなく俺を信じたのか。――そもそも、お前自身がロドルを信用してないのに、向こうが信じていると思い込むのはエゴじゃないのか?」
執事はそのまま喋り通す。ゼーレは舌打ちした。
「ゼーレ、そしてお前は俺をなぜ覚えていない? 声は変わらないからすぐに分かると思ったのだが……」
まぁ、それも無意味か。執事は最後にそう呟いた。
「どういう意味だ。俺はお前になど会っていない。人違いだろう」
「いや、お前だ。まぁ、幼かったから無理もないか……リアヴァレトの端町に暮らす吸血鬼の一族の跡継ぎ」
ゼーレの耳がピクリと動いた。
「なぜ、それを」
「昔、根絶やしにしたのはこの俺だ」
「……」
執事の姿をした敵はそう答えた。
「もう一度言う、お前の両親を殺したのはこの俺だ」
今度は言い方を分かりやすく変えて。その意味を噛み砕き考える暇は、ゼーレの頭の中には既に無かった。
「何を」
「覚えてないなら、まぁいい。正体を表す気はなかったが」
やれやれと大袈裟に肩を竦め手を広げる。
「俺の知り合いも親を悪魔に殺されたと言っていたが……、それがロドルで、お前の両親を殺したのが俺とは。世間は広いようで狭い、そう思うよ」
その言葉を言い終わった時、彼は姿を変えた。
忘れもしない。人間を許さない、その言葉を胸に刻んだ、あの日の記憶を思い返す。忘れるわけがない。忘れたことなどない。
「お前……ッ!」
ゼーレはその影に掴みかかる。
「ゼーレ、俺の可愛い可愛い傀儡人形はね? 人を殺すことはできないけれど、ちゃんと殺さなければいけない悪いやつは殺すんだ。殺したくないと言いながら、ね。良い子なんだよ。だから、俺はあの子がお前を殺せるようにしてあげるんだ」
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