満月が照らすものⅥ
「デファンス~、ゆっくり休んでくださいね~。ここは疲れを癒す礼拝堂ですからぁ~」
のほほんとのんびりした声でパッセルは私の上に布団を掛けた。強引に。抵抗などする時間も与えずに。
「あぁ!? ぶっ!」
無理やり寝かされる。パッセルはそんな私の様子など気にせず、ふふっと笑っている。
どうしよう。このままだとまずい。
今はまだ日がある昼間だからいいものの、夜になったら……、今夜は満月だ。カポデリスであっても満月の日には、私の身体はリアヴァレトでのいつもの姿に戻ってしまう。
私が魔族だということがバレてしまう。
見つかってしまう。そうなってしまったら?
考えるだけで身震いがする。
布団はふかふかとしていて眠気を誘う。けれど、寝るわけにはいかない。そんな私の元にネーロが飛んできた。クローチェの頭にさっきまで乗っていたはずなのにどうしてだろう?
ネーロはそんな私に「ケッ」と一つ悪態をついてきた。
「可愛いくないやつ――っ!」
顔がなんともいうか憎々しい。そう悪態をついて、クローチェの頭に再び乗った。
「あ、すまん。こいつ、俺にしか懐かなくて、人を見るとそうやって様子だけ見るんだ」
クローチェがそう言って頭のネーロに指を出した。
ネーロは擦り寄るように指に寄りかかる。
なんだろう。誰かを見ているようだ。途端に思い出したくない顔が浮かび、頭を思いっきり振った。
「うわぁッ! 出てくんな!」
私はその人物(?)の映像を頭から消し去った。
「あんな憎まれ口執事なんか、頼るもんか!」
元はと言えば少し散歩するつもりだったのに。ロドルにお使いを頼まれたこんなことになっているんじゃないか。山に行く道はいつも混んでいて、散歩する時は回避するのに。
「ああ、もう! あの執事のせいで!」
叫んでも声は彼には届かない。
◇◆◇◆◇
「もう大丈夫! もう帰らないと家の者がうるさいので」
嘘は言っていないはずだ。
実際ロドルは、私が遅く帰って来るとうるさい。帰って一時間の説教は当たり前で、なんども足が痺れたことがある。
そのうえ、魔族だと人間にバレたとしたら……。
嫌味な小言だけで済むだろうか。いや、済まない。
「いえいえ~、遠慮は要りませんよ~、ここは教会で~、怪我をしている人~、なにか悩みがある人~、大歓迎ですぅ」
なんなら家と連絡取りましょうか~?
「そうだよー、もっと遊ぼうって。俺たち暇でさ、最近悪魔を見ないし仕事ないし。なぁ、エルンスト?」
「クレールは遊んでいるだけだろう。少しは雑務など手伝え」
まずい。窓を見ると、日は端っこでオレンジの光を出す夕方。満月はそろそろ出てしまう。ひっそりと出たとしてもここは教会。エクソシストは大勢いるだろう。
私だけで逃げ切れるのか……。
そして、彼らの親切が痛い。確かに、寝ながらではあるけど、ボードゲームをしたりお話を聞いたりして楽しかったのだ。
本当なら一日いてもいい。
今日は……、ダメだ。バレたら殺される。
でも、ここにいたい――……。
そんな葛藤のさなか、窓から声がした。
「デファンス、行くぞ」
真っ黒な猫のシルエットが窓を照らす微かな日の光と共に見えた。キラキラとしたステンドグラスに照らされながら、――彼はいた。
「うっ……あ」
地面に落ちる影は人の形をしていた。
「大丈夫だ。人間には聴こえてない」
ロドルの声は落ち着いている。顔は陰り表情が見えない。
「ごめん。私、帰るね!」
私は自然に声に出していた。
クローチェ、クレール、エルンスト、パッセル。彼らの顔を見ながら、顔に夕陽が差し込むのを感じながら。不思議と誰も止めるものがいなかった。さっきまで離す気配もなかったのに。
「すみません、遅くなりました」
ロドルの声を聞きながら私は――。
――また来るから!
と声には出さず、心の中で叫んでいた。
◇◆◇◆◇
「デファンス様。また、あの様なことがありましたら困ります。侵入するの、大変なんですから」
なんですか、怪我して助けてもらって入ったら教会って。どこの不幸な少女ですか。
ぶつくさロドルは呟いている。
「ん……? ロドル、教会に入るの、大変だったの?」
私は少しその言葉に違和感を持ち、人型ロドルに疑問を投げかけた。彼は呆れたようにその質問に答える。
「そうですね、十字架を見るだけで立っていられません」
ロドルはそう言って、台所の方へかけていった。
――……まてよ?
私はクローチェのロザリオを見ても平気だった。
片やロドルは十字架を見るだけでも立っていられないという。そういえばこの家は教会からずいぶん離れている。
窓を覗いても教会なんて全然見えない。
また行きたいなぁ……。
ロドルの目を盗んで行けるかしら。
今度は満月の日に行かないから大丈夫。
私はまた、外に出かけた。
A.M.1366.5.26
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