第213話:やっとすぎる、「お帰り」。❷

弁慶ベンのもとに、人形たちが戻ってくる。

禿かむろ」と呼ばれる平家の密偵を象った人形なのだ。

弁慶は禿からアマンダを通じて集めた情報をうけとる。


「そろそろ、これくらいで手を引いてもらえませんか?」

突然、意識のないはずの人形が口を開いたので、弁慶は思わず顔を上げた。

「誰です?」

弁慶の問いに禿は答えた。

「私の名はアザゼル、棗凜太朗=トリスタンの手のものです。あなた方がアマンダさんを使って情報収集や工作をしていたことはつぶさに見てきました。」

弁慶は澄ました顔を崩さない。

「ばれていたのですね。ところで、この仕掛けに気づいたのはいつからです?」

「最初から。そう、アマンダさんが最初にカフェに来た時から。アマンダさんの脳内にデオン・ド・ボーモンの「コア」の部分が残されていましたから。」

「どういうことです?」

弁慶は意外な情報に思わず聞き返す。


「あなた方『七人の英雄マグニフィセント7』の中でも、『デオン・ド・ボーモン』は特殊だ、ということです。今、ルイ君にインストールされているシャルは、デオン・ド・ボーモンの人生経験とスキルに関する情報を持った『別の何か』です。育成された『デオン・ド・ボーモン』自体は未だにアマンダさんの中にいるのですよ。」


弁慶の表情にやや曇りが生じる。

「すみません。仰る意味がわかりかねますが。」

「ええ、いずれ、いやじきに明らかになるでしょう。ルイ君にインストールされたデオン・ド・ボーモン、いや『シャル』の正体が何者であるかがね。」

黙ったままの弁慶にかまわずゼルは続ける。

「いずれにしても、これ以降、アマンダさんへの接近はお断り致します。こちらも障壁を張らせていただきますので。」

ゼルはそれだけ告げると禿から抜けていった。


 ベンは報告のためにルイの元を訪れる。ベンは情報をルイに渡すとともにゼルに工作が気付かれていたことと以後接近を禁じられたことを告げる。

「そうですか、バレてましたか。」

ルイは苦笑に近い笑みを浮かべる。


「でもこれまでの情報でも戦術的に『有用な』ものは少なかったですからそれほど損失はないと思いますが。」

弁慶はルイに鎌をかける。

「……そうですね。ご苦労さまでした。引き続き彼らの情報収集をお願いします。」

ルイは表情を動かさずに答えた。


「了解しました。」

 ベンはルイの部屋を辞した。弁慶にとってルイは自分がかつて仕えた主君を彷彿とさせた。名家の血を受けた貴公子然とした佇まいも、多くの人々の賛辞を受けながらも時折見せる、どことなく寂しげな様子も。

それは二人とも母と呼べる存在に恵まれなかったからだろうか。弁慶はそう思った。九郎(義経)は乳飲み子の頃から母である常盤御前とは引き離された。ルイも孤児院で育ったという。だから、リーナに関する情報が手に入らなくなることで、何かが変わってしまうという心配があったのだ。

「あのメアリーナ・アシュリーという娘が彼の欲する『母性』なのだろうか。しかし、とてもそんな対象になりえる女性とは思えないが。」


ルイに潜む「シャル」の「正体」についても気にはなったが、ゼルの言葉を額面通りに信じる気にもなれなかった。ブラフではないとも言えなかったからだ。

「常に歴史の胎動には女性の影がありました。今回のことでルイさんにも何らかの影響はあるはずです。」


 「くそ。」

ルイは弁慶が部屋を去った後、座っていたいすを蹴り上げた。自分がだんだん自分ではなくなっていく感覚。それがルイに迫ってくるのだ。無理もない。ルイが背負わされた他人の記憶―デオン・ド・ボーモンの記憶―はあまりにも強烈すぎたのだ。


 無論、ルイも歳とは不相応なほど苛烈な経験を重ねてきた。それでも、背負うものの重みが違うのだ。命と神経を削るのは一緒でも、任務にかかるものが違う。国家の存亡と自分の家名の浮沈がかかる貴族の覚悟は、ルイの想像を絶していた。

(俺は、騙されてこの修羅の道に足を踏み入れた、いや、道を踏み外したんだ。でも、シャルは違う。自らこの道に身を投じたんだ。)


 ルイが戦いのはてにリーナを求めるのは、「母親」を求めるのと同じではないか、弁慶に尋ねられた時、彼はそれを否定した。自分とってリーナを取り戻すことは、自分が罪を犯すことによって失った「人間性」の象徴シンボルを取り返すつもりだったのだ。でも、リーナに関する情報源が断たれた今、これほどまで苦しく、切ないのはなぜなのか。


「すべてはあの男、棗凜太朗=トリスタン。あの男のせいだ。あいつは俺からすべてを奪った。だから、今度は俺が奪とりかえさなければならないのだ。」

ルイは窓に手をつき、ブラインドカーテンを握る。そう、プランを今一度、見直さねばならない。


「鉢屋衆か。」

音もなくルイの背後に男が現れる。ルイは表向きは「護法騎士団」に所属していたが、情報収集のため、「黙示録騎士団」とのつながりが強いのだ。そして、自らの配下は自分が惑星ガイアで配下として使ってきた部隊とここで集めた精鋭をまとめたチームをもっていたのだ。そのコードネームが「鉢屋衆」なのである。


 その晩、アマンダは夢を見た。端正な顔だちの子供が泣いているのだ。

(まあ、なんてかわいらしいのかしら。男の子?いや、女の子かしら?)

彼女が近づくと子供は顔を上げる。

「どうしたの?ママとはぐれちゃった?」

アマンダの問いに子供は涙をぬぐってから言った。

「ごめんなさい。ごめんなさい。」


子供はアマンダに取りすがる。アマンダはその子を抱きしめた。


「朝?」

アマンダは目を覚ました。頭がいやにすっきりしている。そして、自分が見た夢の背景がどこであるかを思い出した。

「コモン・ロー。私が生まれた村、だわ。」

アマンダの眼から涙があふれた。これまで一度も思い出せなかった風景が、風景の記憶がほんの少し、戻ったからだ。


アマンダが着替え、階段を降りるとヘンリーがモーニングの仕込みをしていた。

「やあ、おはよう、マンディ。その、よく眠れたかい?」

「おはようございます。あの、ハリー、私ね……。」

アマンダの晴れやかな表情に、ヘンリーは安どする。


「少し、記憶が戻ったかも。」

ヘンリーはかけよるとアマンダを抱きしめる。それは、記憶が戻ってうれしいという気持ちと、彼女に記憶が戻ったら自分のもとからいなくなってしまうかもしれない、という不安な気持ちのどちらもこもっていた。


「大丈夫、今はここが私の家、私の居場所だから。」

アマンダの言葉にヘンリーははっとなって腕をゆるめる。ヘンリーはアマンダの頭をなでながら言った。

「お帰り。マンディ。」


「ただいま。」


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