第199話:テンプレすぎる、野望。❷

「では、私たちも彼らを迎えに行きましょう。」

マーリンが杖を振ると再び三人は地表へと戻っていた。そこにはすでに巨大な翼竜の群れがおり、彼らはその手にカナン人の村人たちをぶら下げていた。彼らは次次に地面にカナン人を置き去ると再び上空へと舞い上がり、彼方へと去って行ったのである。


 子供達が親を迎えに現れる。親も子供たちを抱きしめ、再会を喜びあった。その姿に、その場面の自分の力が関与していたことに、トムは強い喜びと満足感を味わっていた。ルークはあくびとともに大きく伸びをするとトムの肩に手を置いた。


「どうだ、トム。これが人を治めるということだ。災害救助もいいがな。でも、政の世界ではこの数万倍の民を笑顔にできるのだ。たまらんだろう?これが俺が覇道を志した理由よ。俺はこいつらと同じ、力のない民族の子として生まれた。地を耕す民と、羊や牛を追う民はいつも境界線を争っておったからな。俺は世界を変えてみたかったのよ。


 お前はどうなのだ?お前には強さがある。その力を持って汝は何をなすや?迷うておる場合ではないのだ。今、力を発揮してこそ、お前が次に進むことができる道の高みを決めるのだ。」


[星暦1554年10月12日。聖都アヴァロン。]


 今度はホームに太宰府を迎えての試合だ。アヴァロンには太宰府の大勢のファンも含めて大挙して人々が押し寄せる。これによる経済効果も選挙大戦コンクラーベの一つの目的でもあるのだ。


そして、フェニキアやヌーゼリアル、果てはアマレクからも観客が訪れる。フェニキアを通じては国交のない他の惑星系の人々も来るのである。そして、それはスフィアが製造する兵器「天使」の見本市でもある。だからこそ騎士団だけでなく生産に携わるギルドも本気で参加しているのである。


「⋯⋯ぬるいな。」

ルークは呟いた。アヴァロンの地上港である。周りには報道陣が群がる。ただ、手にカメラを持つ者はいない。みな、義眼ラティーナ デバイスで動画も静止画も処理されるからだ。

「命がかかった案件を争うのに命をかけぬとは矛盾も甚だしいな。」


自分の駆け抜けて来た時代はどうだったろうか?


明日の食べ物、来年蒔くための種。家畜のための水場。

だれのエゴが優先するのか。それは生きのびるための権利をかけた戦いだった。自分が負ければ民は飢え、敵を殺さねば家族を殺され、奪わねば明日、生贄にされるのは我が身であった。


弱者であることは死を意味し、強者であることは敵の数を増やすことである。

なのに、ここではただの娯楽にすぎない。

だからこそ、あのカナン人の暮らしが却って生き生きとして見えるのかもしれない。


[星暦1554年10月13日。聖都アヴァロン。]


「トム?」

トムは驚いたように自分を呼んだ声の方を向いた。その声の主はリックであった。

「なんだぼうっとして?考え事か?」

「ああ。」

トムは生返事だけすると目の前にあるコーヒーのカップに手をやった。

「リック、お前は執政官コンスルになったら何がしたいんだ?」


リックはふふんと鼻で笑うと腰に手をやり、胸をはった。

「そりゃ、まずハーレムを作る、かな。⋯⋯というのがここに来た時の最初の目標な。」

あまりに「厨二」な答えを即答したのでトムは唖然とした顔をする。

最近、女性からも沢山のファンレターも貰えるようになったリックは、マメに返事をしたためているらしい。確かに、この男ならやりかねないな。トムはそう思った。

「いや、俺はそういう『お約束テンプレな』答えを聞きたかったわけじゃない。」

トムの苦情にリックはやれやれ、といった顔をする。

「だから、『最初は』、と言ったろう?⋯⋯俺は多分、だれかに認めてもらいたいだけだのだと思うよ。大事な存在になりたいんだよ。誰かにとっての一番にな。」


「ふーん、で、それが誰よ?」

「さあ。それを探すのが今の俺の目標だから。」

あ、そう。そう軽く流したトムだったが、ふと自分は誰にとってそういう存在になりたいのだろう、そう考えてみた。


「なんの話?」

急に凜が会話に割り込む。

「なあ、凜が目指すのは『王道』それとも『覇道』?」

トムが尋ねた。「王道」とは君主の「徳」、つまり人間性による統治、対して「覇道」は君主の「力」、つまり武力を含む権力による支配である。凜は少し考えてから

「どっちもだね。つまり『覇道』は見た目、『王道』は中身でしょ?女の子が相手だったら、こっちの見た目に興味がなければ中身にだって見向きもされないよ。人間、そう割り切れたもんじゃないって。」

凜の答えにトムは笑いを噴出した。

「つまり力づくで俺の良さを教えてやる、って感じか。イケメン限定だな、そりゃ。」

「いやいや、現実の男でそんなやついたらイケメンでも引くわ。」

リックも鼻白む。


「ねえ、なんの話?三行で説明して。」

アンたちもコーヒーの香りにつられてやって来た。凜は変な要約をする。

「いや、『壁ドン』で女の子が釣れるかどうか、って話。」

(覇道と『壁ドン』が一緒かよ?)

トムはあきれたがアンは大まじめに答える。

「やっぱり男子の『見た目』が大切なんだと思う。……最初はね。でも凜くんがやってくれたら⋯⋯そのまんま唇をアタシがいただいちゃうの!どう?それこそ恋の『王道』って感じじゃない?」


「ほら⋯⋯ね。現実でなければ案外女子もくいつくだろ?現実じゃなきゃね。」

苦笑する凜にトムは苦言を呈した。

「いや、凜の妙なたとえのせいで、かえって意味が不明になりつつあるんだが。」

しかしリックは人類の破滅という「現実」を目にするならかえって「壁ドン」でもいいんじゃないか、そう言おうと思ったが。言えなかった。自分もまだその危機を現実だとどうしても思えなかったからだ。

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