第198話:テンプレすぎる、野望。❶

[星暦1554年10月9日。聖都アヴァロン。]


「お兄ちゃん⋯⋯。お兄ちゃん⋯⋯。起きてください。」

まだ夜も明けきらぬ時間にトムはリコに起こされる。

「どうしたリコ⋯⋯。ってまだ夜中じゃないか。」

トムは眠い目をこすって目覚まし時計に目をやった。


「もうすぐ朝ですよう。お兄ちゃんにお電話です。ルークさんのパートナーの方みたいですけど。」

 トムが回線プライベート・ラインを開くと目の前に妖艶な美女が現れる。

「トムさんね。わたしは貂蝉。呂奉先にくなぐ者よ。この間、あなたについて来てもらった土人(カナン人)の村のことなんだけど⋯⋯。実は昨日、魔獣の群れに襲われてしまってね⋯⋯。」


 トムは起こされたばかりで思考力が鈍っていたのだが、ようやく話がつながる。

「なんだって?」

 それで、貂蝉の依頼とはその救出のためにルークを助けて欲しいというものであった。その理由は、ルークはアーサーシステムとリンク出来ないため、あらゆる情報に関して不足しているからであった。


「しょうがねえな。リコ、凜⋯⋯じゃなくてマーリンに連絡してくれ。」

この時間でも、人間ではないマーリンは睡眠を必要としていないので起きているだろうと踏んだからである。


「おや、トムの方から連絡してくるとは珍しいですね。」

最初は驚いたマーリンであったが、説明を聞くと同行を承諾した。

「では、ゼルの能力ちからを拝借するとしますか。」

マーリンが杖を振ると、二人の足元に転送陣ゲートが開き、次の瞬間、二人はその村まで来ていた。


そこにはすでにルークと「ムラオサ」がいた。

「これはこれはトム様。お忙しい中恐縮です。」

ムラオサの案内で村に入ると、そこはまるで竜巻でも通過したかのような跡になっていた。家は破壊され、あたりに色々なものが撒き散らされていた。


 無残なことに、何人もの大人たちが殺されており、死体があちらこちらに散らばっていた。


 子供達の一部はムラオサがと拠点する建物の地下に匿われて無事であった。

トムを見つけると子供たちが群がる。保護者がいなくなった不安な気持ちを表したり、親とはぐれた悲しみを表す。トムは一人一人を抱きしめてやる。


そんな状況を目にしながらマーリンの心はすでに違う方に飛んでいるようであった。

「やはり北国、もうすきかり寒いですね。」

ぼやくマーリンにルークは

「馴れだ。」

それだけ言うと事情を説明した。先日倒した魔獣の「報復」のために村を襲ってきたのだ。


 魔獣たちにしてみれば、「奴隷兼非常用蛋白源」を易々と手放すわけがなかった。いつもの鎮守府であれば、これをエサに魔獣の殲滅作戦でも練るはずなのだが、同じく選挙大戦コンクラーベでの決勝トーナメントのため、対策自体が手薄になっていたのだ。

「魔獣はそこまで承知した上で、カナン人を奪還したんだろうか?」

トムの疑問に、マーリンは飄々とした口ぶりで答えた。

「まあ、魔獣はランダムに生み出されますからね。時にはかなり賢い個体が現れてもおかしくはないですね。」


北極圏に封印された魔獣を生み出す「母体」は三体あり、そこから「漏れ出る」形に魔獣たちは生み出されるのである。


 この高原は強固な岩盤の上に位置しており、この下には、魔獣たちが「氷河期」を生き延びるために作った「地下宮殿」が迷路のように続いているのだ。その内部図は国王のキングアーサーシステムによって把握されており、それにアクセスする権限を持つものは限られているのだ。


ただ、魔獣退治専門の鎮守府にすらその全容は明らかにされてはいない。「迷宮ダンジョン」深部に住まう高位の魔獣は人間との接触をなるべく避けており、外界に出て悪さをするのは大抵は知能も能力も低い低級の魔獣だからである。内部に入って戦ったところで、戦った本人がRPGのようにレベルアップするわけではないので、無用な戦いは避けさせているのだ。


「おそらく、連れ帰られても、(高位者が住む)あまり深い階層ではないはずですからね。相手は三下程度でしょう。サッサと済ませましょうか。」

いつものメンドくさがりのマーリンの変容ぶりにトムは驚いていた。

(珍しいな、怠け者のマーリンのくせに)

それが顔に現れていたのか、マーリンはくすりと笑うと、

「実は、この魔物たちがここにいるのと私の民ゴメル人の間には深い因縁がありましてね。これは内緒ですよ。⋯⋯そして、凜ではなく私を呼び出したことが正解だったこともね。」

そう言った。


「この地域だと、恐らく『風の一族』の仕業でしょう。下っ端と小競り合いするのもいいですが、どうせなら手っ取り早く『長』と話しをつけてしまいましょう。⋯⋯では、参りましょうか。」

 再びマーリンが杖を振ると、すでに洞窟の中であった。ただ、地表からほど近い深さなのだろう。ところどころ、地表からの光が漏れ混んでおり、水晶のように岩肌に現れた鉱物に反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「リーナが好きそうなところだな。」

トムの感想にマーリンは再びくすりと笑う。

「そうですね。ただ、それほどロマンチックなものではありませんよ。」

すると、遠くに光輝いて見えたものが近づいてくる。それは、「水晶」などではなく、魔物たちの眼だったのだ。トムは『救世偃月鎌デリバラー』をルークは『方天画戟』を構えた。


「何⋯⋯者だ?」

先頭に立つ魔物が口を開く。人間とは口の形が全く違うため、人語を語ると苦しそうに聞こえる言い方だ。

「私はこの惑星ほしの管理者。『偉大にて深淵なる』マーリンです。ハスター卿はご在宅か?」

マーリンが厳かな口調で尋ねる。

「お⋯⋯頭に何⋯⋯用か?」

いらだった波長がこもった言葉である。マーリンは飄々とした口調で続ける。

「それはあなたには関わりのないことです。あなた方はプライベートに踏み込まれたいと望まないでしょう?だから呼び出しているだけです。」

魔獣たちの中に怒気が孕まれていくのを二人は感じていた。

「人間⋯⋯のくせに。」

魔獣たちの群れが三人をめがけてその牙をむいた。


「仕方ありませんね。」

そう言ってマーリンは振り返った。

「『角さん』、『助さん』、やっておしまいなさい。」

「誰が『助さん』だ。」

トムが自分に群がる魔獣たちを薙ぎ払う。

「『角さん』? 俺を『張角』のようなぺてん師と一緒にするな。」

ルークも憮然とした表情で方天画戟を突き出し、魔獣を串刺しにする。ちなみに張角とは「太平天国の乱」の中心人物である。

ものの五分も立たないうちに半数の魔獣たちが討ち減らされ、魔獣たちの足が恐怖に止まる。


「『角さん』『助さん』もういいでしょう。」

マーリンが二人を止めると先ほどの魔獣に近づく。魔獣はジリジリと後退する。

「『メタトロン』」。

マーリンが唱えると、彼の背後に四枚の翼が顕現する。マーリンがいつも被っている「皮」を脱いだのだ。


一斉に魔獣たちがひざまづく。「風の一族」の高位の魔獣は「天使」に似た姿の者が多いためだ。

「おい、最初からそれをやれよ。」

トムが苦情を言うと、マーリンは笑った。

「いいえ、『手下』のあなた方の強さを見せたからこそのご威光なのですよ。あなた方二人を配下に置く私はさらに強いことになりますからね。」


 すると、奥の暗闇に光が現れる。それは禍々しい空気をまといながら真っ直ぐにこちらに近づいて来た。黄色の長い衣に頭まですっぽりと身を覆い、その顔は暗闇よりなお暗かった。

「『風の一族』の長、ハスター卿です。『黄衣卿』とも呼ばれています。」

二人に紹介すると、カナン人の一件を話し、村人を返してくれるように頼んだ。


「久しいの、無我セルフレスよ。そのような些細な件でお主が出張ってくるとはな。まあ良い。今回は便宜を図ってやろう。そのかわり、この度の惑星の危機、我々の安全も保証してもらおうか。」

魔獣たちも惑星に迫りくる危機を知っていた。「風の一族」の中には宇宙空間を移動できる者たちもいるからだろう。

「ええ、些細な案件な割に見返りは随分と大きくきましたね。わかりました。そちらはどうかお任せのほどを。」


 交渉を終えると魔獣たちは再び洞窟の奥へと消えて行った。

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