第193話:覇道すぎる、王者。①

ただベッドでごろごろしながら暇をつぶすトムを見かねてリコが誘う。

「めんどくさい⋯⋯外は暑いだけだしな。」


「あの、私、初代様以来初めて目覚めたんです。せっかくですから、メンフィスの街を案内して欲しいです。」

珍しく駄々をこね、なかなか引きさがろうとしない。確かに、初代アトゥム・クレメンスが登場して500年である。国が赤道直下に引っ越してから一度も見たことがない、というのも可哀想ではある。


トムは不承不承出かけることにした。

「別になんの変哲もない、ただの街だぞ。この国では伝統とは無駄なものだからな。古くても良いものは変わらない。より良いものがでたら、それは不要になる。これが現実だ。街歩きならスフィアの方が100倍おもしろい。」

アヌビスを司るトムが優遇されるのは単にアヌビスより強い兵器がこの国にはないからだ。それはトムにとっては複雑である。だから、自分には存在価値があるが、その代わり自由はないのだ。


「俺はアトゥムの任が終わったらクレメンス家を出るだろう。未練はない。それに俺はそれ以上の器ではない。」

分家の養子がいつまでも居座っていては宗家も迷惑だろう。また、自分は国を守る、民を守るといった「柄」ではない、トムは自分で自分をそう判断していた。


(俺は凜のようにはなれない。)

トムから見た凜は、最初はいつもニコニコして周りにおもねているだけのつまらない人間にしか見えなかったのだ。しかし、知れば知るほど彼には深い決意と不退転の意思を感じるのだ。

 それは、最強であるがゆえの、絶対的な余裕、つまり最後は俺がなんとかする、だからそれまでは自由にやってみろ、という器の「深さ」である。それには全てを背負うという覚悟に裏打ちされた強さでもある。


もし自分に任された人間が間違ったやり方、勘違いをして、自分がそれに気づいたならすぐにでも軌道修正を図るところだが、それをわかりながらも平然と見ていられる凜に「恐ろしさ」を感じるのだ。

「あれが『王道』というやつなんだろうな。」


その時、トムは都市の上空へと向かう強いエネルギー反応を感じ取った。

「お兄ちゃん、大変です。『見かけない』飛行物体です!」

リコが注意を促す。

「リコ、それを言うなら『未確認』だ。アヌビス、起動。」

トムの背中に4枚の漆黒の翼が現れるとトムの身体は風を切って一気に上昇した。

「この大きさ、人型⋯⋯スフィアの天使か?」

トムが航空管制に周辺空域の飛行物体について問い合わせるがトムが感知した物体に関する情報はなかった。

「リコ、索敵。」

了解ラジャー。」

トムの身体を漆黒の甲冑が包み混む。ジャッカルを模したマスクがアヌビスの証しである。

「未確認飛翔体、4時方向、こちらへ来ます。」

どうやら、くだんの未確認飛翔体あちらさんもアヌビスの存在に気づいたようだ。アヌビスの手に大鎌デスサイズが現れた。

「3・2・1・遭遇コンタクト!。」


「四枚⋯⋯ばね⋯⋯だと?」

そこに出現したのは四枚の光翼を背負った天使グリゴリである。天使はアヌビスを確認すると空中に静止した。


(すごい意匠デザインだな。)

トムはその派手な甲冑のデザインに驚く。リコが解析する。

「お兄ちゃん。地球の西暦2世紀ごろのユーラシア大陸東部の動乱の時代の鎧の想像図と一致します。」

トムは天使に呼びかける。


「こちらアマレク共和国護国官、アトゥム・クレメンスである。ここはアマレク共和国領空である。無害通過である証を示されたし。」

しかし、トムが大鎌デスサイズを構えるのを見てゲキ―槍の穂先の横に刃をつけた形状の武器―を抜いた。


「俺はスフィアなどという国とは関係ない。あえて名乗るとすれば『代』初代皇帝、呂奉先である。」

そう、その正体は呂布だったのである。ちなみに「代」とは呂布が前世で建てた国のなまえである。


「ルーク⋯⋯さん?」

突然、現在の名を呼ばれ、呂布は訝しげな表情を見せる。トムは苦笑をもらしながら説明をつづけた。

「ああ⋯⋯私はアトゥム・クレメンス。5月の頭ごろメイフェアの弓比べの時に、棗凜太朗=トリスタンと共にいたものです。あの時はすれ違っただけですから、覚えておいでかどうかはわかりませんが。」

トムがマスクをあげる。

「おお⋯⋯。そちか。そう言えば、個人的に言葉を交わしたのは今回が初めてであるな。」

 トムの青い肌に見覚えがあったのだろう。また、初めて会った時にはすでに、トムの中にあるアヌビスの力も見えていたようだった。


「ルークさん、どうされましたか?現代では空に至るまでも国の枠が決まっています。無断で、しかも武装したまま通過しようとすると大きな問題を引き起こしかねません。」

 ただ、人間程度の大きさならレーダーには引っかからないため、これまで問題にならなかったのだろうが、たまたま今回は天使同士で互いの存在を認証したようだった。ルークは愉快そうに笑った。


「なるほど、俺のいた時代とは随分と勝手が変わってしまったようだな。しかしアトゥムよ、その国の枠とやらが常に一定だとだれが決めたのだ。それに、隠し立ていたすような大した所用でもない。⋯⋯良い、そちも付いて参れ。」

 そう言うと再び加速、北上して行くのである。トムも立場上「追跡」せざるを得ない。

「どうしましょう?お兄ちゃん。」

リコが不安そうに尋ねる。

「心配するな⋯⋯。クレメンスの家に連絡を入れておいてくれ。所用だと。」


 かなり北上し、スフィア領に再び進入する。ちなみの、トムは「外交官」の資格でスフィアに入国しているため、出入国に関してもかなり行動の自由が保証されているのだ。これはメグやリーナにも当てはまる。


(そろそろ北緯40度、魔獣の活動領域です。)

リコが注意を促す。不安そうなリコにトムはなだめるように言った。

(大丈夫だ。アヌビスに敵う個体はそういない。さほど怖がる必要はない。)


やがて、黒々と生い茂った針葉樹林の間に広がった平原が現れる。

そこには粗末な家が並び、炊爨すいさんの煙が立ち上る。

(村⋯⋯?)


「ここは?」

トムの問いにルークは

「カナン人の集落だ。まあ、魔獣どもの元家畜だ。」

そう答えた。


カナン人とはマーリンの民である「ゴメル人」によって「強制的」に進化させられた「類人猿」である。

猿(厳密には猿と呼ばれる動物に似た霊長類)を推定の1万倍の速さで進化させた生物である。容姿は人間に似た者にはなった。確かに知性はあるのだが、しかし人間のようなハッキリとした「自我パーソナリティ」がほとんど育たなかったのだ。


好き嫌い、序列に関する認識、危機の回避など動物として最低限のものはあるがそれ以上のものは育たなかったのだ。


そんな彼らをゴメル人は肉体労働要員として飼っていたのだ。そして、自分たちが肉体を捨てる段になった時点で彼らを解放し、惑星の環境保持の仕事に当たらせていたのである。


無窮エンドレス」が引き起こした小惑星衝突の際、やはり共に惑星にいた魔獣たちと共に極北地方へと逃れ、以来魔獣と共に棲息して来たのである。魔獣は彼らを支配し、奴隷兼「安定した食糧源」として彼らを飼っていたのだ。


それでルークは魔獣に飼われている存在、という意味で「家畜」と呼んだのであった。

「どうして彼らはこんなところにいるのですか?⋯⋯ まさか、近くに魔獣の巣があるのでは?」

トムが警戒するとルークは笑う。

「大丈夫だ。こやつらはその魔獣の巣から、まあ連れて帰った、というところだ。」

ルークが参加した「鎮守府」をはじめとする大規模な魔獣討伐戦で魔獣の巣の駆除を行ったのだ。その巣は大勢のカナン人がおり、大規模な「牧場」だったという結論が出たのだ。


ただ、国王はカナン人の入国を禁じていた。それは彼らがあまりにも人間に容姿が近く、しかも知性が低いため、倫理的な問題が生じることが予測されたからだ。

実際に雌の個体を密入国させて、売春を強要させている例は枚挙にいとまがなく、取り分けヴァルキュリア女子修道騎士会を悩ませる原因となってきたのだ。

しかも染色体が46本あるため、人間とも交雑ができるのである。


それゆえに、彼らのために村を作り、家や畑を与え、自活するようにさせているのだ。彼らを監督、指導しているのが「ムラオサ」と呼ばれる「有人格アプリ」を搭載したロボットなのである。


「ようこそいらっしゃいました。ルーク様。」

ムラオサがルークに気づき、迎えに来た。

「ルークさん、こんなことをしていて、魔獣に襲われる心配はないのですか?」

トムの問いにルークは

「まさにそれが狙いよ。こやつらは魔獣をおびき寄せる生き餌なのさ。」

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