第169話:試されすぎる、絆。①

[星暦1554年8月18日。聖都アヴァロン。選挙大戦、一次リーグ第1戦。]


「始めるぞ。」

観客席が静まり返った。ビリーのブーツにつけられた拍車が凜のブーツに当たる。それがスタートの合図だ。一歩、二歩、と互いに離れていく。その緊張感に観衆は静まりかえった。


(凜……)

メグは祈るような気持で決闘を見つめていた。

⋯⋯九歩、十歩。

 二人は同時に振り向き、乾いた銃声が幾度も響く。その時、砂埃が風に煽られて舞い上がったかのように見えた。

 会心の一撃ににやりとするビリーだったが、がっくりと両ひざをつく。


「くそ……、やりやがったな。この卑怯者め。」

なんと、ビリーの額に銃痕が穿たれていたのである。

「地獄で会おう。」

そう言った凜の手に拳銃は握られていなかったのだ。

ビリーはそのまま前に突っ伏した。


 「勝者、棗凜太朗=トリスタン。ノーサイド! この試合、聖槍騎士団の勝利!」

ホームの聖槍騎士団のサイドの観衆は大騒ぎであった。なにしろ、聖槍騎士団が選挙大戦コンクラーベで勝利したのが30年ぶりのことだったからだ。


「ナイスゲーム、ビリー。」

凜に起こされるとビリーは悔しそうに凜の手を取る。

「畜生、どうやったんだ。俺より速く撃てるなんてありえねえ。」

悔しがるビリーに

「運が良かっただけさ。」

凜はそう返した。


「い⋯⋯今、いったい何があった?」

マーリンに尋ねるメグの目は涙でいっぱいだった。

「ああ。凜の言うように、ただ単純に『運が良かった』ということです。」

凜はほぼ光速、いや光速を超えるスピードで放たれる弾丸に対抗できないことはわかっていたのだ。それで、銃を「撃つ」ことを諦め、振り向きざまに互いの額と心臓の前の空間を転送陣ゲートで繋いだのだ。

 つまりビリーの放った銃弾はそのまま転送陣ゲートを抜け、そのまま彼自らの額を撃ち抜いたのだ。


マーリンとメグのもとに旅団のみんなが初勝利を祝うために集まって来た。凜もやってくる。

「彼の銃弾が少しでも逸れたらどうするつもりだったのだ?」

詰るようなメグの問いに、凜も思わず苦笑する。

「だから言ったでしょ。『ただ運が良かった』だけ……ということさ。彼の腕前が伝説通りで⋯⋯ホントによかった。」


 無論、ビリーは死んだわけではなく、視覚効果ヴィジュアル・エフェクトに過ぎない。敗れたビリーが控えに引き揚げると、そこにはルイが待っていた。

「よお、別嬪さん。御覧のとおり……さ。」

ビリーがへらへらというのでルイも笑いそうになる。

「お疲れさん。実弾にしなくて正解だったろ?」

「ふん。」

本当は、ビリーは最初から決闘の形に持ち込んで、事故に見せかけて凜を葬り去るつもりだったのだ。しかし、ルイがそれに反対したのだ。

「まさか瞬間移動テレポーテーションにあんな使い方があったとはな。今回はお前に借りといてやらあ。」

ビリーはそう言って立ち去ろうとドアに向かった。どこに行くのか、というルイの問いにビリーは軽く手を振ってこたえた。 

「今晩デートの予定が空いちまったんでな。ちょっと酒場で厄を落としてくらあ。」


 選挙大戦はハードスケジュールである。毎週末に試合が組まれているのだ。次の試合は南半球の経済の中心都市、「副都」ポートランドでアウェイの試合が組まれている。


[星暦1554年8月21日。聖都アヴァロン。]

 

 ジェシカが「カフェ・ド・シュバリエ」の2階のデスクに自分あての封筒が届いていることに気づいた。

「何かしら?」


ヘンリーがいつものコーヒーを届けに階段を上がってきた。最近はポットでコーヒーをもってきてくれるのだ。

店主マスター、あなたがこれを届けてくれたの?」

ヘンリーが朝、店のポストに投函されていたことを告げる。差出人はフェニキアでは有名な大企業であった。

封を開け、要件を確かめる。それは女子の宇宙船レースチームを立ち上げたいので、パイロットをしないか、というものであった。そしてゆくゆくは監督として迎えたい、という。しかも、その報酬額は破格のものだった。

「ヘッド・ハンティング……?」

思わぬ事態に、ジェシカは動揺していた。

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