第158話:現れすぎる、異邦人たち。①

[星暦1554年5月2日:公都シャーウッド]


凜がシャーウッドでの弓技大会に正式に出場するのは4年ぶりであった。


それはすでに周知アナウンスされていたため、歓迎して楽しみにする者、批判して忌避する者、対抗心を燃やす者、と人々の反応は分かれていた。国技とされる弓技だからこその複雑な反応とも言える。例えて言うなら相撲における外国人横綱を引き合いに出せば理解しやすいだろう。


祭りの期間中は老若男女を問わず参加できる様々な弓技会が行われるが、王立競馬場(ロイヤル・サーキット)で行われる王太子主催の弓技会が最も注目を受けている。競技は早朝から始まり、夕べから始まる王太子の御前で弓を披露する栄誉を得るために技を競う。


凜は招待射手であるため、予選は免除されていた。凜はトムとともに、午後を過ぎてから久々に馬房へ行くと悍馬スルーヌ・ヴェンリーが待っていた。スルーヌは凜を見ると大はしゃぎする。凜がタテガミを撫でると早く背に乗れ、と言わんばかりであった。凜は厩務員に許可を取るとサブトラックである調教場でコンビネーションを確認しあった。


「上手いものだな。」

トムが感心したようにいう。あまり自然に関心を持たないアマレク人にとって、馬という家畜は非生産的で非効率的な乗り物でしかないのだ。やがて、予選を勝ち抜いた猛者たちや招待射手たちがウオームアップのためにトラックに増えて来たため、凜は練習を引き揚げることにした。凜はスルーヌを降りると、トムと共に徒歩で厩舎へと向かった。


「おや、棗君ではないかね?」

すれ違う騎手たちの一人が凜に近づいて来る。凜はその馬の轡を取る従者があまりにも大きいので、ついそちらに見入ってしまっていた。声をかけた主は騎乗したまま凜を見下ろす。本来は許されざる無礼である。


「久しぶりだね。御前試合で僕が君に勝利して以来だ。5年ぶりかな。」

それはハワード・テイラー・ジュニアであった。ニュースでは良く見かけるが、直に会うのは本当に久しぶりだったのである。ただ、実際には4年前の弓競べでも遭遇しているのだが、その時の記憶は彼にとっては芳しいものではなかったのだろう。記憶からすっかり抜け落ちているようであった。


 ジュニアは相変わらず横柄な態度で凜を見下ろした。

「今年の僕は一味違うんだよ。凄腕の師範が付いているのでね。この者がそうだ。紹介しよう、ルーク・フォンダだ。彼はまだ人位を得たばかりだが、武術に優れていてね、なんとこの弓比べでも御前試合に実力で出場を決めたのだよ。」


「ルーク」と呼ばれた男は凜に一礼した。しかし、顔を再びあげた時、その目は非常に鋭くなっていた。

「そうですか、それはすごいですね。お手柔らかにお願いします。」

凜も苦笑を噛み殺しながらジュニアに頭を下げる。


「凜、なんであんなヤツに頭を下げるんだ?」

二人が去った後、トムが抗議する。

「親の七光りだけじゃないか。しかも、あいつが招待されたのも実力じゃなく、親のおかげじゃないか。」

凜は苦笑しながら答えた。

「ありがとう、トム。僕のことを気遣ってくれて。でも、トムが自分で答えをだしたじゃない。そう、僕は彼の背後にいる親に頭を下げたんだよ。」

ゼルが口を挟む。

「要らぬ諍いは起こさぬ方が良いのです。『税を求る者には税を。誉を求める者にはしかるべき誉れを』これが地球教の教訓ですよ。」


トムが笑う。

「でも、ヤツには過ぎた誉れじゃないのか?『しかるべき』は超えている気がするけど。」

凜もつられて笑った。

「だから、ゼルは先に『税』のくだりをいれたんだよ。税金だって、払い過ぎたら還付して貰えるからな。やつについても同様さ。……払い過ぎたものは返してもらうまで、かな。」


シャーウッドは回帰線上にあるため、夏も冬もさほど日の長さは変わりが少ない。夕闇に沈んだ空にカクテルライトがきらめく。

 凜はスタートラインでその時を待っていた。スルーヌ・ヴェンリーの馬体に力が漲る。凜の左手には魔弓「空前絶後フェイルノート」が顕れた。矢は開催者側が支給する普通の矢である。

「射手、棗凜太朗=トリスタン殿。乗馬、スルーヌ・ヴェンリー号。」

アナウンスに観客がどっとわく。

出走ゲートが開いた。スルーヌは猛然と走り出す。あっという間に襲歩ギャロップに達する。

凜は右利きであるため、左周りのコースでコーナーを曲がりきり、直線に入ると、的が現れる。引きしぼられた弦が弾かれると矢は的を目掛けて放たれた。ガッという乾いた音と共に的の星に矢が突き立てられた。凜はその行方を確認する間もなく二の矢を番え、再び放つ。矢は吸い込まれるように的の星を貫く。続けざま三の矢をつがえ、再び放つと矢は夜風を切り裂いて三度的の星を捉えた。


「お見事!」

シグ王子はすぐに立ち上がると拍手で凜を讃える。メグもほぼ同時に立ち上がった。王太子も二人に倣って立ち上がって凜の美技を称えた。凜はスルーヌを制するとスルーヌはまさに「ドヤ顔」でウイニングランを始める。凜は王太子の前でスルーヌを止め、王太子に一礼すると颯爽と退場した。観客も拍手喝采で凜を讃えた。


しかし、もう一人、凄腕の射手がいた。それがルークだったのである。彼は一の的、二の的をいずれも星を貫いたのである。しかし、三の的ははずし、矢は的を支える支柱に当たった。

「すごいな、彼も。」

見ていたトムも感嘆した。

「そうですね。でも気がつきましたか?お兄ちゃん。」

リコがトムに尋ねる。不思議そうにリコを見たトムにリコは続けた。

「3つ目はわざと外したのです。その証拠に、あの的の細い支柱の真ん中を矢が貫いています。⋯⋯おそらく、俺はいつでも当てられたんだというアピールが込められているのですよ。」

「なぜそんなややこしいことをする必要があるのだ?」

トムが訝しげに訊く。

「それは……、目立ち過ぎて、バカ殿の不興を被らないためではないでしょうか? どこの世界でも同じですが、男の嫉妬ほど厄介なものはありませんから。」


凜は控え室でルークに話しかける。凜もリコと同じものを感じたからだ。

「ルーク・フォンダという名前は、仮初めの名ではありませんか?」

ルークはギョッとしたように凜を見た。

「なぜ、そう思うのだ?」


「実はここ最近、古の英雄の名を持つ方たちと私たちの仲間が二度、遭遇しているのです。あなたの本当の名は⋯⋯。」

そこまでいったところでルークは手を振って制した。

「そうだ。俺の名は呂奉先ルー・フォンシャンだ。」

「⋯⋯。」

黙る凜にゼルが耳うちする。

呂布奉先りょふほうせん、三国志の最強戦士ですよ。『布』は真名ですから、普通、初対面の他人には名乗りません。」


「なるほど。呂布ルーフーをルークに。奉先フォンシャンからフォンダ、ですか。」

名字も名前のへったくれもない、雑なネーミングだ。さすがにそれは言えなかったが、凛は彼が本当に自分のことを呂布だと思っているのだろうか疑問に思っていた。

「あなたが過ごしていた国は『中原』と呼ばれた場所で、この『世界』とは別のところにありました。あなたはどうやってここにいらしたのですか?」

ルークは答えた。

「俺は戦に負けてな。縛り首にあったのよ。意識が途絶え、目を覚ましたらこの国にいたわけだ。周りの者は『転生』したなどと言うが、俺はにわかには信じられない。」

どうにも本人は自分が呂布だと信じて疑わないようだ。


凜はかまをかけて見た。

「もし、あなたが本物であれば、武器は『方天画戟』、ということになりますが。」

ルークが驚いたように凜を見る。

「おお、良く存じておるな。無論、この世へ持ってくることは叶わなかったが、ここで名人に拵えてもらったのだ。⋯⋯願わくはあと『赤兎』もおったらよかったのだが。今日、貴殿が乗りこなしていたあの馬、鹿毛あか馬であれば赤兎そっくりであった。」


そこまで話したところで表彰式への迎えの使者が現れた。

「なるほど。」

凜はなにがしかのヒントを得たようであった。

「どうやら彼らは『本物』ではなさそうだね。」

なぜそういえるのか、ゼルに尋ねられ凜は答えた。

「『方天画戟』は呂布の史実上の武器じゃない。後の時代の創作だ。もし彼が『本物』なら否定するはずだからね。」

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