第111話:あっけなさすぎる、幕切れ。❶

[星暦1551年6月25日。惑星スフィア。エウロパ。予選第3戦。]


 予選第3戦のコースパターンは「ニュルブルクリンク」である。テクニカルとスピードを兼ね備えたコースであった。


凜はマーリンの精神状態が気がかりであった。彼は先日、旧知の存在で、しかも深い因縁がありそうな「無窮エンドレス」と遭遇していたからである。凜はマーリンの肩を軽くはたく。

「マーリン、あまり入れ込まないでね。僕たちはすでに本戦の出場資格を得ている。今回はチャンピオンのデータ採りに徹してもいいと思うよ。気楽に行こうよ。」

「ええ。そうですね。」

マーリンの答えは歯切れが悪かった。

(あの無窮エンドレスのことです。どんな仕掛けをしてくるのやら。おそらく狙いは凜の命。……それだけはなんとか阻止しなければ。)


「とりあえず、二人ともレースに集中してくれればそれでいいよ。」

サミジーナはすでに戦闘モードに入っているようだ。

「チャンピオンと手合わせ⋯⋯してみたいなあ。」

ロゼが不敵に笑った。

「ロゼ様ならおそらく、30秒と持ちません。」

ジェシカが間髪を入れず突っ込む。

「そんなあ⋯⋯ジェシカに『秒殺』されてもうたわ。」

ロゼは少しだけ凹んでみせた。張り詰めたピットの空気が少し緩んだ。


今回は、ピーター・パーフェクトが参戦するとあって、出場者も一流どころが揃っていた。フラッグが振られ、スタートのシグナルがグリーンになる。20隻の宇宙船が美しい光の航跡を引きながら飛翔を開始した。


「いよいよスタートですな。オタクの宇宙船マシン、最近、調子が良いようですな。」

貴賓室のモニターをぼうっと見ていたジョーダンに他の旦那衆が声をかけた。

「ええ⋯⋯そうですね。」

ジョーダンは気の無い返事をする。今朝見た夢をまだ引きずっているのだ。


 レースは予選を圧倒的なタイムで通過し、ポールポジションにいたピーター・パーフェクトのマシン、「絶対王者ターボ・タリフィク」がトップをひた走るという展開であった。

「強いな。隙を見出すとすればピットワークの時間帯だけか。」

しかし、ピットワークの時間帯にもピーターを襲う者はおらず、2位と3位が互いに潰し合うという奇妙な展開となっていた。


「何か、奇妙なものを感じますね。」

ジェシカが呟く。

「『絶対王者ターボ・タリフィク』はこの『ミーンマシン』と同型機です。それほど強力な兵装はないはずです。それなのに、彼に誰も挑もうとは思わないのでしょうか?」


それどころか6位を争っていたミーン・マシンにバックストレートで挑みかかって来たのは『銀河鉄道アーカンサス・チュガバグ』だった。

蒸気機関車ににた外観で黒煙を吐きながら動輪が回転する。ドライバーは熊の形状をした有人格アプリ、ブルバー・ベアである。ただ車掌の帽子をかぶり、制服を着ているため、熊とは確認できない。帽子の奥で目が二つ光っているのである。

「うわー、リアル99○だー。」

凜が喜ぶ。

「違います、凜。」

ゼルがすかさず訂正する。

「『銀河鉄道アーカンサス・チュガバグ』はどちらかといえばD51をモチーフとしています。⋯⋯ 9○9のモデルはC62ですから。」

「そ⋯⋯そうなんだ。」

大して違わないじゃん、と言う凜の顔を見てゼルがさらに畳み掛ける。

「コブの数と駆動輪の数が違います。全然違うのですよ。にわかのくせに。」

思わぬ辛辣な反撃に凜は鼻白んでしまった。

(なんだよゼルのやつ、この間の『コナン』違いの時のことをまだ根に持っているな。)


 三連ヘアピンからの立ち上がりは『ミーンマシン』の方が上だが、バックストレートのため、追いつかれそうになる。

「マーリン、攻撃くるよ。」

「⋯⋯あ。」

サミジーナが心ここにあらずのマーリンに注意する。


ドン、と衝撃波が船体を襲った。銀河鉄道が牽引する戦闘車両の主砲が火を噴いたのだ。

間一髪でサミジーナが避けたが、マーリンのバリアの展開が遅れたのだ。

衝撃波で魁の挙動が乱れる。そこに、第二射がはなたれ、着弾した重力ペーストが『ミーンマシン』の速度を奪う。


「今だ、抜くZ(ゼッ)! 見てろよ、この『ブラックバード』の実力を!」

ドライバーのブルバー・ベアが叫ぶ。

「これがホントの「あクマのZ」だ! ⋯⋯熊だけにね。」


「くそ。ぶちぬかれた。」

悔しそうにサミジーナがつぶやく。

「すみません。考えごとをしてしまって。」

マーリンは平謝りであった。

「タイムを取り戻すのは難しいかもしれないな。」

サミジーナが呟く。


レース終盤、被弾の影響なのか今一つエンジンの調子が悪い。後方から機影が迫る。

「あれは、『絶対王者ターボ・タリフィク』⋯⋯。周回遅れと言うわけか。さすがに屈辱だな。」

サミジーナが速度を上げた。

無我セルフレス、聞こえますか?」

マーリンの脳裏に電子世界マテリアルではない声が届く。

無窮エンドレスですか。レース中のレーサー同士の通信はご法度ですよ。」

マーリンの返答に無窮エンドレスは笑った。

「通信とは電子信号によるやり取りだ。よってこれは通信ではない。」


マーリンの聞いている声は周りの人にも聞こえるようだ。

「マーリン、これは?」

皆のリアクションに無窮エンドレスが言い放つ。

「どうやら聞こえているようだね。ミーンマシンの諸君。君たちにレースとは何かを教えて差し上げよう。」


「後部、宇宙船から高エネルギー反応。射ってきます。サミー、回避行動。」

マーリンが声を上げる。

船体の横をビーム兵器がかすめる。空気がないぶん、振動は来ないが、熱の影響で船内の温度が少し上がった。


「ちっ、レースどころかセミナーときたか。どこまで上から目線なんだろうね、あちらさんは。マーリンも反撃。」

マーリンも照準を合わせ、トリガーを弾く。ただ、前方に向けられた主砲と違い、牽制にすらならない威力だ。

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