第92話:猫耳すぎる、挑戦者。❷
[星暦1550年12月25日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。空母フォルネウス]
「エウロペは久しぶりだね。宇宙港には仕事でいつも行くけど、滅多に
「なにしろ、フェニキアの商船航路は海賊の巣窟ですからね。」
マーリンが補足した。二連惑星スフィアとガイアにはたくさんの小型衛星があるため、海賊たちの巣がたくさんあるのである。
今回、 凜は
「そうです。まずは我々と連携して危機を脱しようという『連携派』。これを主導するのがエウロペの主席取引官、ジョーダン・ジェノスタイン氏です。今のところ、最も多数派ではあります。
ついでスフィア・ガイアに「ブラックホール・レーザー」を売りつけようとする『商機派』。これを主導するのがガイア駐留の主席取引官ハルパート・ジェノスタイン氏。ジョーダン氏とハルパート氏は異母兄弟の間柄だそうです。ハワード卿とも親交が深い方ですね。こちらが第2の勢力です。
そして、スフィア・ガイアの植民都市を放棄しようという『撤退派』。これを主導するのがエウロペの評議会議長のハイドン・シルヴェスタ氏。これはやや少数です。
さらに、銀河連盟の勧告通り、我々スフィア王国にゴメル人の知恵を連盟に引き渡せ、という『連盟派』。これを主導するのが宇宙船の船乗りたちの組織、フェニキア船員組合のスフィア組合長、オットー・ガーブ氏です。活動は目立ちますが、いわゆるノイジーマイノリティと言っていいでしょう。
一応、選挙になればジェノスタイン兄弟の戦いになりますが、少数派がどちらにつくか、という意味ではシルヴェスタ氏がキャスティングボードを握っているともいえます。」
「『連盟派』はいいの?」
トムが尋ねた。
「ええ、『今のところ』は大丈夫です。今のところはね。」
ゼルの歯切れの悪さにラドラーが笑った。
「そうだな。スフィアが生産する重力制御装置のバイタルチップはフェニキアのドル箱商品だ。それを取り上げたいのが連盟側だからな。金の卵を産むガチョウの取り合いというわけだ。お互い、そうそう手放したくはないだろうな。」
ラドラーの説明にメグがさらに尋ねる。
「いずれにしても、彼らの植民都市は2つに過ぎない。無視しても良いのではないのか?」
「ああ、数から言えばな。ただ、スフィアもまだ盤石とは言えないのさ。足りない資金と技術を借りなきゃならんのだからな。」
ラドラーは凜をチラッと見る。
凜が頭をかいた。
「そうなんだよね。実は新技術の惑星防御砲の光子の完全粒子化のチップがまだ高いんだよね。それに空間を自由に歪ませる『空間捻転』技術の関連のバイタルチップも揃えるとなるとまだまだお金がかかるんだよね。」
「皆んなの惑星を守るのだから、国民にかける税を上げれば良いのでは?」
メグの問いに凜は苦笑する。
「確かに、それは皆んなの意識を高めるために、やるべきだと思うよ。ただ、現実問題として皆からスフィアのお金で貰っても、惑星外じゃ通用しないからね。欲しいのは『外貨』なんだよ。やっぱり『天使』の増産をお願いするより他はないのかなあ。」
惑星内の移動にフォルネウスを使うのは、凜がアーサー王の代理人を務める時なのだ。
[星暦1550年12月25日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。]
「よっしゃ、いっちょ凜に手合わせしてもらわな。」
ロゼの足取りは軽い。
(凜と手合わせ→凜に認められる→騎士団に入団)
これがロゼのプランであった。かなりざっくりではあるが。初めて出会った時から1年以上経ち、ロゼも進歩しているのだ。
凜を地上港に出迎えたのは民政委員長を務めるローダン・カーチス氏であった。ラドラーとは旧知の間柄である。ラドラー卿のカウンターパートとして今回の凜の訪問先の日程を取り仕切っている実務担当の責任者である。個人的に格闘マニアであり、スフィアの祭りには足繁く訪れ、昼間に行われる下位の騎士が出る奉納試合もチェックする、という
ゼルが説明する。
「相撲で言う所の国技館に朝から出向いて前相撲から観戦するタイプと言えば解りやすいと思います。」
ローダン氏はたいそうご機嫌であった。最近の奉納試合の話をずっと続けていたのである。しかも、最近のメグの転籍まで知っていたのである。
「ローダン卿もずいぶんとお詳しいですね。」
凜が驚く。
「いえいえそれほどでも。実は、私、トリスタン閣下の試合も必ずチェックしていますよ。なんとデビュー戦も生ではありませんが拝見しました。恐らくフェニキア人の中でトリスタン卿の最初のファンの一人、といっても差し支えないと自負しておるぐらいです。マーリン卿とトリスタン卿。御二方はすでに天位クラスの風格を感じますな。もちろん、お世辞は抜きです。今日は、ちびっ子たちとのエキシビションを計画しましたので、是非お相手をお願いします。」
そう言って案内された歓迎の式典の会場である地上港ロビーには、なんとリングまでが作られていた。凜は勧められてリングに上がる。修道騎士に対して子供に手合わせを挑ませるのはスフィアの習慣である。そうすると丈夫に育つと信じられているからである。しかし、まさかフェニキアにまで来てやらされるとは思ってもみなかったのだ。ロビーに詰めかけた観衆から拍手があがる。
「なんだか好感のもてる方ですね。交渉の方もこう順調に行くといいですけどね。」
マーリンは凜から上着を受け取りながら言った。
「そうだね。」
凜は子どもたちの登場を待った。
「では、可愛らしい挑戦者の皆さんにご登場いただきましょう! どうぞ!」
アナウンスと共に人影がリングの上に舞う。
「とりゃーー」
しかし、威勢の良い掛け声と共にリングに降り立ったのは一人の少女であった。
白い体操着にエンジのジャージを羽織り、下はスパッツを履き、両肘両膝にはプロテクターを付けている。
「女子校生?」
「ちびっ子」と聞いていた相手とは予想外の相手の登場に凜は面食らう。
少女は重力グローブを手にはめ、ファイティングポーズを取る。
その少女の顔は良く見知ったものであった。確かに「可愛らしい」という表現は間違いではない。
「ロゼ?」
凜は思わぬところでの再会に驚いていた。
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