第12話 妖狐、漢の底力

「分からんな。陰陽師の小娘になぜそこまで命を張る?」

「あっしがお嬢の式神だから、命を張るに決まってらぁ」

「お主の気迫には、式神の忠誠心以上の何かを感じるがの」

「『陸之段ろくのだん』‼」


 金野の尻尾は六本に増え、手の爪が伸び、体中から金の体毛が生える。彼の顔が前に伸び、狐の顔になる。


「忠誠心以上の何か? そりゃあ、あっしが漢だからだ。漢なら守りたいもんは、命を懸けて当然だろうが‼ まだなんか文句あっか⁉」

「……人間なんぞ百年やそこらの命しかないのにか?」

「関係ねぇな‼」


 玄上は諦めたように溜め息をつくと、杖の持ち手を引っ張った。すると、杖から刀身が姿を現した。玄上は刀を一振り、二振りすると金野の方に向き直った。


「よかろう、お主の言う『漢』とやらを見せてみい。秘曲其の二『楊真操ようしんそう』の構え」

 そして玄上は抜いた刀を持ったまま立ち尽くした。全身から力が抜けたように棒立ちになっている。風が吹けばそのまま揺れてしまいそうなくらいに。


「『楊真操』は己の立ち姿を柳に見立てとる。最初から抜き身のこの技の速さは『流泉』を超え、一瞬にも満たん。来い」


 金野は跳躍し、再び玄上がすれ違う。その一瞬の攻防は余りにも速すぎて、俺には見えない。


 結果から言えば玄上は吹っ飛び、刀は砕け散った。だが金野の体にはさらに傷が刻まれ、吐血。金野は片膝をつき、肩で息をしている。


「晴瑠、金野さんの『参之段』、『陸之段』って…」

「金野はもともと九尾の妖狐で、当時は災厄と呼ばれるほどの大妖怪でした」


 晴瑠の説明はこうだ。その金野を退治したのが、かの安倍晴明だった。しかし安倍晴明は金野を力を見込んで、封印するのではなく、式神として代々安倍家に仕えるように契約を交わしたという。


「金野は尻尾の本数を増やすことで、本来の力を取り戻すことができます。でも時間制限があり、妖力を大量に消耗します。それが金野と晴明が交わした契約、呪いなんです」


 すると、玄上は起き上がった。しかし、立ち上がる力はないのか座り込んだままだ。玄上も肩を揺らして息をしている。

「ダメじゃのう、こんくらいでへばってしまうとは。昔なら千人斬りぐらい朝飯前じゃったが、これも歳のせいか」

「どうだ、ざまぁみやがれ。これでおあいこだぜ」


「お互いに限界が近いようじゃな。どうじゃ、ここは、全力の一発で決着をつけようじゃないか」

「そいつぁ面白れぇ。こっちも時間が惜しくてな、助かるぜ」


 両者はニヤリと笑うと、互いに正面に向き合った。

「金野それ以上は」

「『玖之段くのだん』」

 晴瑠の声は届かなかった。金野は四つん這いになり、尻尾が九本になった頃には獅子ほどの大きさはある金色こんじきの狐に姿を変えた。


 玄上はあぐらをかき、きちんと座りなおすと琵琶を演奏する体勢を取った。

「刀を捨て、その速さは一瞬を超え刹那となる。秘曲其の三『啄木たくぼく』の構え」


 ベベンッ‼

 玄上が言ったのと同時に、金野は消えた。そして琵琶の音が聞こえた時には三回目のすれ違いは終わっていた。


「お主のことは死んでも忘れんぞ。金野、九々」

 玄上は仰向けに倒れ、真っ二つに折れた古い琵琶になった。


 金野は元の尻尾が一本だけの人の姿に戻った。倒れようとする寸前で、晴瑠が受け止めた。


「無茶しすぎですよ‼ なにも『玖之段』までしなくてもいいじゃないですか」

「すいやせん」

 金野は力なく笑う。晴瑠の目から涙が流れ、金野の頬に落ちる。

「お嬢……あっしは漢を見せることができやしたかね?」


 金野の質問にキョトンとする晴瑠。晴瑠は涙を拭くと、満面の笑みで答えた。

「はい、とってもカッコよかったですよ金野」

 その言葉を聞き、金野は安心した様にお札へと戻っていった。

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