夫婦の危機

 愛の危機〜怒鳴り散らすサムライ男子

 人生の危機の時に、相談する人を間違えてはいけません。余計に問題をこじらせることになる。俺もお節介な男なので、いろんなところに首を突っ込みます。


 ある時、もう我慢できない、別れるかも、実家に帰りたい、と相談を受けました。子供のいない女性。なんとなく話し相手が欲しかったんでしょうが、結構、深刻そうなので、よく世間話するお茶の先生に彼女のことを相談してあげた時のことです。


 サムライ男子の夫が転職し、入った会社の上司とそりが合わないらしく、毎日怒鳴り散らすようになった、という相談。ものすごい勢いで、些細なことに突っ掛かり、当たり散らし、周りにあるものを蹴り飛ばし、難癖をつけ、こき下ろされるため、もう我慢できない、自分こそおかしくなりそう、逃げ出したい、精神病なんじゃないか、頭がおかしいとしか思えない、怒りのあまりか、夫の精神状態が完全に普通と違う、とのことでした。顔つきがおかしい、尋常じゃない、と、ビクビク生活し、悩んでいました。


 そんな彼女、よく犬の散歩で顔を合わせる人と、何となく会話するようになった。自分の父親ぐらい年配の男性なのに、会いたい、話したい、と、恋心を感じるようになってしまった。優しくにこやかで、癒される気がするらしい。実家が遠方のため、友達もいない孤独な彼女。ばったり偶然に会わないかと、外をウロウロするようになった。家にいると、機嫌の悪い夫は、寝るまで自分に当たり散らすため、できるだけ夕食後も犬の散歩をする。


 自分は本当に夫のことを愛しているのか、わからない。何より疲れたし、もう実家に帰りたい。心の平安が欲しい。何をしても怒鳴られるので、息を潜めていて、どうしたらいいのか、わからない。


 そういう相談内容でした。俺は、うーん、ちょっと酷いな、いっそ、ご主人に反省してもらうために、しばらく実家に帰れば?と意見したんですが、実家に帰ってしまうと、食事などがきっとおろそかになる、仕事が大変な時に、妻が居なくなると、夫がいよいよ追い詰められる。家事の負担まで夫にのしかかる、家に食事が準備されてないと、食べないとか、適当なもので済ませ、体にも悪い。心配で、とてもそんなことできない、とのこと。


 俺には手に負えない相談内容だったので、もっと年配の人に相談してみました。その時の回答が、とても的を得ていたので、書きます。


 まず、夫を愛しているのかわからない、と彼女は思っているけれど、”夫が病気になったりしないように、食事の準備をしてあげたい”でしょう?それが何より愛している証拠。愛というのは、ご飯を作ってあげるとか、部屋を片付けてあげるとか、そういうことでも、愛の証拠となる。愛しているから、そうしてあげたい。


 うーん。確かに。こういう場合、どうするべきなのか。


 男というのは、誰でもそういう時がある。仕事をしているのだから、当たり前。とにかく、おとなしくして、美味しい食事を用意して、腫れ物に触るように、そっと扱い、何も言わない、何も聞かない、空気になって、じっと黙って、必要なものがあったら、さっと差し出して、サポートすること。


 ふんふん。でも、当たり散らかして、すごい攻撃的だそうで。暴力は振るわないけれど、振るいかねないくらいに、機嫌が悪いらしい。『明日はお弁当はいるの?』と聞いても、『当たり前なこと聞くな!』と怒鳴られる、と。でも聞かないと、いるのかいらないのか、日によって違うから。必要最低限の会話はしないといけないらしいです。もう少し、前向きな解決はないですか?


 義理のお母さんに間に入ってもらいなさい。義理のお母さんの言うことは、よく聞く人なんでしょう?妻の言うことには、『うるさい、黙れ!』と言っても、お母さんの言うことなら、聞くでしょう?


 ああ、確かにそうかもしれないです。実家に行った時、義理のお母さんが、息子の苦手な食材を知らなくて、驚いた、と。どうやら、妻には、『これは嫌い』というらしいですが、母親が作った時は、何も言わず、黙って食べていたそうで。両親には逆らわないそうです。


 結局、彼女は、義理のお母さんに『考えられないくらい夫が、機嫌が悪い、どうやら会社の上司が原因のようです。相談に乗ってあげてくれませんか』と頼んだそうです。そうしたら、妻には話さないのに、電話口の母親には、怒涛の愚痴。義理の母親はとても理知的な人で、合理的な思考回路をする人。夫が、やはり正しい、と味方になってくれているようで、家に帰ってきた時に、あまりに夫の顔つきが悪いと、すぐメールして、「今日も何か揉め事があったみたいです、電話してください」と頼むようになりました、とのこと。


 数ヶ月して、その問題の上司が早期退職し、それからは嘘のように、機嫌のいい状態に戻ったそうです。職場でも、そこまで問題のある人は、会社自体が、どうにかして退職させようとしていたらしくて、その上司を退職させたいがために、早期退職で退職金を上乗せする提案を社内告知したらしい。今すぐ辞めると得をする、ということで、飛びついてくれて助かった、とのことでした。


 その上司自体が精神的に少しおかしくなっていて、社内の人間全員が、あの人がいると、おかしくなる、と言っていた模様。実際、何人もの人が耐えきれずに、会社を辞めてしまって、会社もそんな”難ありの人間”の処遇に困り果てていて、その対策のために、サムライ男子が雇われたらしい、ということがわかった。


 俺は、年配の人のアドバイスはすごいな、といつも思います。彼女も、このままでは、自分まで気が狂いそうだ、と言っていたため、解決して良かったです。


 今は家も購入して、ご主人と仲良くやっているらしい。普段は紳士のサムライ男子でも、戦いの渦中であると、人が変わったようになることもある。でもそれも、一時期のこと。


 彼女も、別れたほうがいいかも、と思っていたのが嘘のように、今は楽しく幸せで、あの時、早まって実家に帰ったりしなくてよかった、と言ってました。


 それにしても、さすが”元祖・大和撫子”。良妻賢母を育てるのが仕事の人は違う。


 お茶の先生のアドバイスは本当に、助かりました。とにかくおとなしくして、気に障らないように気をつけながら、嵐が過ぎるのを待つ。もっと夫が、この人の言うことなら必ず聞く、という人に連絡し、相談させて、話をさせることにより、状況を客観視させ、ストレスを軽減させる、というのは、有効な方法でしたね。


 相談する人を間違えていたら、駆け落ちでもしかねないくらい、追い詰められていた彼女。解決して良かったです。

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