第29話 黒い封筒張り付く顔面

『改装のため、しばらく休業いたします』

 奈美のクリニックの玄関に張り紙が貼られて、早や1週間…。


「まぁ…もともと開店休業みたいなものだし…いいんじゃない?」

 琴音が聞いたことも無いカップラーメンを食べながら奈美を見る。

「華が暴れた…キツネ狩りして、稲妻連発した…」

 奈美がふて腐れている

「スマンかった…面目ない…」

 華がラーメンのスープを、ンクッ、ンクッと飲み干して頭を下げる。

 焦げ臭いクリニックの中央で、特売品のカップラーメンを食す女子3人。


「この間まで、豪華なランチ&ディナーでセレブ気取りだったのに…」

 琴音が溜息をつく。

「リフォームにお金が…また借金が…」

 奈美がグスンと鼻をすする…。

「重ねて…スマンかった…」

 華がリフォームが終わりピカピカの床にスープまで飲み干したカップラーメンの空容器をテンッと置いて頭を床に付けた…。

 家具がほとんどないリビング、やたらと広く感じる。

 隅っこに置かれた大きな水槽でミニチュアネッシーがスイーッと気持ちよそうに泳いでいる。

「ほんっとに何も無いわね…」

 琴音がテーブル代わりに置かれたダンボールの空き箱にカップラーメンの容器を置きボソッと呟く。

 スープを飲み干さんと容器を急角度に傾ける奈美…容器の底をポンポンと軽く叩いて最後の一麺まで口に入れようとする、食に前向きな姿勢は見習いたいものだ。

「本業に励むわ!アタシ…」

 鼻の頭に短い麺を乗せたまま、拳をグッと握り窓から空を眺める。

「紅茶には自信があるの!」

 と言葉を続ける奈美。

「えっ?」

 と顔を見合わせる琴音と華。

「淹れるわね、オリジナルブレンドを…二度と飲めないわよ~」

 奈美がグフフと笑う。

 そう…二度と飲めないのだ…本人の気分次第のブレンドだから…。


 窓を開け…ベランダで紅茶を飲む奈美。

 ベランダの隅には、お母様妖狐の尻尾を切り払った高枝切りバサミエクスカリバーが立て掛けられている…マジックで『えくす狩りバー』と書かれているのだ、これはもうエクスカリバー以外何物でもない。(命名及び筆 大久保 華)わりと達筆。


 空には大きな蝙蝠こうもりがバサバサと舞う、午後の青空…ん?

 ビターンッ!

 開け放った窓から黒い封筒が奈美の顔面に叩きつけられる…なんでも張り付く奈美の顔。

「なによー!投げつけることないでしょ…」

 奈美がペロンと封筒を取る。

「宛名…華よ…」

「ん?桜からだ…」

「桜さん…何?」

(さすが吸血鬼…昼間だから蝙蝠こうもりを使って~の…黒い封書とは…わきまえているわ)

 琴音は思った。


『姫様…先日、御妃様が重傷を負わされ御帰宅されました件について王が姫に問いただしたいとの旨を仰せつかりまして…云々…至急、御帰宅頂きたく…明晩お迎えにあがります』


 …………「いやぁーー」

 華がムンクのように叫ぶ。

「まぁ…お母様の尻尾…チョン切ってスルーは…ね~わな~」

 琴音が、もっともだといった顔で頷きながら華を見る。

「んぁ…」

 華が泣きそうな顔で奈美を見る…。

「とりあえず…謝っちゃえば?」

「ん…う~ん」

 華が首を横に振る…。

「切ったの奈美だもん…」

 華がボソッと責任を奈美に押し付ける。

「忘れてたわ…アタシが切りました…」

 すっかり『えくす狩りバー』を引き抜いたことを忘れていた奈美。

「そそのかされたのよ!ちっこいマーリン(華)に騙されたのよ!」

 奈美がムンクのように叫ぶ。

「そそのかしてないもん…口塞がれてたもん…しゃべれんかった」

「屁理屈よ!目は口ほどにものを言ってたもん!」


 イーッといがみ合う奈美と華…。

 少しぬるくなった紅茶をすすりながら華と奈美を交互に見ている琴音は思った。

(妖狐の尻尾をチョン切るとは…奈美も悪魔に染まってきたのかしらね~)

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