連理の樟(九)
目ざめると、猫がいなくなっている代わりに、白銀の短剣がそばに置かれていた。
六枚の花弁のかたちの鍔。真珠と松葉の装飾。六枚の花弁をもつ花――六花は、
つまり、次の世を守護する雪獅子が持つための短剣。成り代わる者が持つ。
柄頭にはめこまれた珊瑚は、生命力の象徴。いまは色鮮やかな血赤だ。
朧はいとおしげに珊瑚を撫でた。涙がとめどなくあふれてくる。遠いいつくしの嶺から、猫にすがたを変えてやってきた清が、朧に自分の命を贈った。そのことが、朧の胸を熱く燃やした。
――糸を染め、布を織ろう。
朧は立ち上がり、寝室を出る。図案は、すでにこころのなかにある。いとしいひとに、最上の贈り物を――……その想いが、朧を生かした。
それから四十年以上の時が過ぎて、朧は周囲のひとびとよりもゆっくりと歳を取った。王や妃は老齢となったのに、朧の見た目は三十代初めだった。
王は、老いて癇癪を起こしやすくなり、治世は荒れ始めていた。
早朝、朧は突然、王の来訪を受けた。
「
「は……?」
寝間着に上着を羽織ったまま応対せざるをえなかった朧に、白髪の智迅君は言い募った。
「切れ目のない紐の紋様――無限の紐の紋様を織り込んだだろう」
十五歳になる智迅君の孫息子、石飛のために織った上着を、昨日彼が着て王と会ったという。
「……陛下、それは――」
「まだあの男を想っているのか!?」
智迅君は朧の肩をつかみ、床に引き倒した。
「あの男の服に同じ紋様を見た覚えがある! そなたは――」
無限の紐の紋様――永遠の絆を意味するそれは、いつくしの嶺のものだ。短期間、この都にいたに過ぎない清の衣服の紋様を、智迅君が覚えているとは思っていなかった朧は、石飛の服の生地にそれを織り込んだ。少年が自らのいとおしいひととの縁に恵まれるように、との願いを込めて――……
「わたしのものだ!! 永遠に!!」
王は侍従たちに、朧の持ち物すべてを温泉の湯が通る水路に捨てさせるよう指示をすると、朧を寝室に引き摺っていった。
悲鳴を上げる朧の頬を、智迅君はてのひらで打った。
「わたしが死ねば自由の身になると、そなたは思っているだろうが、そうはさせぬ」
老人は朧の服をめくり上げ、いままでくり返しそうしてきたように、彼女を犯した。朧が自分で織った服を剥ぎ、それすら水路に捨てさせる。
「これはなんだ」
王が、朧が首から下げていた銀の小箱をむしり取った。
「……!」
無言のまま、朧は箱を取り戻そうと王に飛びかかる。王は老いてなおつよい力で朧をねじ伏せ、小箱を開けた。
そこには、短剣から外した珊瑚が入っていた。
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