連理の樟(四)

 広げられた布に、朧は感嘆の声を上げた。

「すごい……!」

 一面、縫取織ぬいとりおりで模様を織りだした豪奢な肩掛けだ。

 赤っぽい地に、青や緑、赤紫、そして金のの幾何学模様や植物模様が入り、絹ならではのあでやかな光沢がある。

 食事を終えたあと、片付けられた卓の上に、清がつぎつぎに布や衣服を広げた。

「これは上衣。こっちは羊毛の雨よけ」

 雷文や日輪模様、ヤクや羊、山羊の動物模様……――朧は見たことのない光景に目をみはった。織り方も、しろたえや臨泉都と共通するものもあるが、まったく方法の思いつかないものもある。

 朧は織り目に触れ、ため息をつく。

「いったい、どれくらい期間を掛ければ……こんな模様が織り出せるの……?」

「貴族の衣服を一着分織るには、大体二年はかかる」

「ええっ?」

 清は柔らかく笑んで言った。

「こちらのようにたかばたではないからね。座機ざばた――三角機で、糸綜絖そうこうをたくさん使って、紋様用の緯糸を串で織り込んでつくるんだ。神殿の織手が織っているのを見たことがある」

「見てみたい!」

 清は笑みを深めた。

「見られるよ。嶺に、一緒に来てくれれば」

「……すごく、楽しみ」

「よかった」

 清はそっと朧の腕に触れる。

「そう言ってくれて嬉しいよ」

 朧は、背伸びをして清に抱きついた。

「……はやく、あなたの故郷に行きたい」

 清は朧の背に腕を回した。

「……ほんとうに? 朧の、故郷が……恋しくならない?」

「……わからないわ。でも、あなたのそばにいられるなら、わたしは……ほかになにもいらない」

「……」

「……清?」

 清はためらいがちに言う。

「……そんなことを言われると、幸福でどうにかなりそうだ」

 ふふ、と朧は笑みをこぼした。

「わたしもよ。……清、清、あなたが大好き。今日はいつまで一緒にいられる?」

「……閉門の太鼓が鳴るまで。あの……朧……ええと……」

 ちいさな声で、清は、ちかくに部屋を借りている、と告げた。



 手をつないで街路を歩くあいだ、朧は身のうちに甘やかで切ない幸福が満ちていくのを感じた。温かく湿った清のてのひらは、確実に朧の手のなかにあって、早くもっと彼の熱を感じたくてうずうずした。

 隅々まで整った調度の、静かな家に案内されて、ふたりは足早に木々の繁る中庭の奥の部屋に入った。その瞬間、朧は清の広い胸のなかに飛び込んでいた。

 無言のまま、きつく抱き締めあって、それから深く口づけをする。清は朧のからだを性急に撫で、荒く息をついてからつよく彼女の手を引いた。

 いままでにない彼の強引さに驚きながら、朧は寝台に導かれた。上掛けの上に腰掛けようとして、すぐに清に両肩を押された。

「朧……――」

 彼は苦しげに眉を寄せて、押し倒した朧の瞼に口づけした。そのまま、鼻筋や頬に唇で触れる。

「清……」

 朧は手を伸ばし、清の耳に触れる。その手を取られて、口に含まれる。

 舌で指先をもてあそばれて、朧は目をつむった。粘ついた水音が、これからする行為の種類を歴然と示していて、頬が熱くなった。

 彼の手が、震えながら朧の腰帯をほどいた。

 はあ、とおおきく清が息をつく。

「……ほんとうに、いいの? わたしなんかで」

 朧は目をひらき、彼を見上げた。

「そんなこと言わないで。わたしはもう、あなたのものよ。あなたがしてほしいことだったら、なんでもするわ」

「……わたしも、朧がしてほしいことだったら、なんでもする」

 朧は微笑んだ。

「じゃあ、もっと口づけして。あなたが欲しい」

 清が息を呑み、それから朧の唇をふさいだ。

 互いを貪りあいながら、服を脱がせあう。朧の下着の帯の結び方に戸惑って、清が結び目をぐちゃぐちゃにしたのを、ふたりは笑いながら一緒にほどいた。朧は清の下穿きを剥ぎ、彼がこらえられずに滴らせているものを舌で舐め取った。両手を取られて、彼の言うままにこすり上げる。医学書で読んだのと同じ変化をして、彼が悶えるのを、朧は興味深く見守った。

 果ててからだを寝台に投げ出した清に馬乗りになり、首筋や鎖骨を丁寧になぶる。背中を、と言われてからだを裏返し、肩甲骨の下を吸う。腰の肉の盛り上がりを指でたどり、内股の筋をてのひらでこする。みるみるうちに立ち上がり、硬くなったものを、頬張って彼を慌てさせる。そんなことしなくていい、と言われながら喉の奥に受け入れる。頭をつかまれ、彼がゆっくりと腰を動かす。それに合わせて、朧は舌を使う。

 とろけるような睦言を漏らして、清が放出する。

 そうしているうちに、彼が触れずにいた場所が、ぐしょぐしょに濡れてしまう。わたしの番だよ、みだらないとしいひと、と清が優しく言う。朧はすすんで脚をひらき、清はそこに頭をうずめる。朧は自分でも聞いたことのない甲高い声を上げ、彼の白銀の髪をつかみ、きつく握りしめる。

「……ごめんなさい、痛かった?」

 清は笑って首を横に振った。そのまま深い口づけをし、舌や指をつかって朧のからだをゆっくりとほぐしてゆく。朧はからだがばらばらになるようなつよい快楽に、なんどもむせんだ。

「……清、来て。……お願い」

 懇願して、清はそっと入ってきた。痛みと圧迫感で朧が喘ぐのを、気遣わしげに見下ろしながら、苦しげにからだを震わせた。

「……ごめん、もう、我慢できない」

 朧の涙を啜りとってから、清はおおきく突き上げた。朧の最奥を貫いてから、清は彼女の腹の上に体液をこぼした。ぎゅっと抱き締めあって、ふたりはふたたび互いを求めあった。

 日暮れちかくまで愛しあって、すこしだけ眠り、また手をつないで王宮に歩いて行く。赤い提灯に明かりがともされ、薄暗い路地をぼんやりと照らし始める。王宮に入り、連理の樟の下に着く。もうすこしで別れなければならないと考えるだけで、朧の目に涙が滲んだ。

 木陰に清を引っ張り込み、彼の肩を引き寄せて口づけをかわす。

「……清……」

「泣かないで。次の休みには、また逢おう」

「……ん」

 朧の髪を撫で、彼女の悲しみを呑み込むようにもういちど唇をあわせる。長い抱擁のあと、ふたりは別れた。

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