褪せる珊瑚(五)

 荒く息をつくあいまに、藤世は四詩の顔じゅうに舌を這わせた。

「藤世……」

 せつなげにあえぐ四詩の口元から、自分のものか四詩のものかわからない粘液がこぼれる。それを啜り取り、もう一度唇を合わせて深く、深く四詩を貪る。

 無意識のうちに、藤世の手は四詩のからだを撫でさする。厚い衣の感触がもどかしい。

 相手の耳元に唇を寄せ、藤世はささやく。

「四詩、四詩……服を脱がせていい?」

「……えっ……藤世……」

「もっと、もっと四詩に触れたい。四詩といっしょに、気持ちよくなりたい」

 そう言いながら、彼女の耳の襞に舌を分け入らせる。

 四詩がぎゅっと顔を歪ませて、喉の奥で声を漏らした。

「……んっ、んん……っ」

 たまらなくなって、彼女をなんども抱き締める。あかぎれの目立つ両手を取り、自分の湿ったてのひらでそっと撫でる。口元に持って行き、指の股に舌を差し入れる。

「あ……っ、藤世……!」

 彼女は悩ましげに身をよじり、顔を絨毯に伏せて震え始めた。

「だめ、だめ、そんなことしたら、わたし……」

「四詩……?」

「ずる――ずるい、藤世ばかり、わた、わたしも……」

 声が涙混じりになり、彼女が声を殺して泣いているのがわかる。

「どうしたの……?」

 藤世は舌での愛撫をやめ、四詩の手を握ったまま、彼女の顔に顔を近づける。

 四詩は顔を真っ赤にして涙をこぼしながら、ぼそぼそと言う。

「……わたしも、藤世を気持ちよくさせたい」

「……四詩……!」

 藤世は性急に四詩の顔に手を伸ばし、強引にこちらを向かせて口づけした。

「四詩、大好き、……四詩はすごくかわいい」

「なにを言って……」

「どうしよう? わたしが脱げばいい?」

「藤世!」

 四詩が驚いて声を上げるのがおかしくて、藤世は声を上げて笑う。そのまま、ばさばさと自分の身につけていたものを剥ぐ。あっけにとられている四詩の前で、下着すがたになると、首をかしげて微笑む。

「脱がして、四詩」

 四詩は自分の両手を握り込んで喉を鳴らした。

「……」

「お願い、四詩」

 困惑で眉間に皺を寄せた四詩は、ぐっと腕で自分の涙をぬぐうと、こくりと頷いた。

 四詩はゆっくりと藤世に手を伸ばす。こわれものに触れるように繊細に、彼女の指は藤世の下着の襟に置かれた。つ、と指が滑り、帯の結び目に向かう。震える両手で、四詩はもどかしげに藤世の帯をほどいた。帯が絨毯に落ちる。座っている藤世は、自分にかがみ込んでいる四詩の鼻筋にそっと口づけした。それに応えて、四詩も藤世の口元に唇で触れる。ごくり、と彼女が唾を飲み込む。

 息を止めたまま、四詩は藤世の襟を両手でひらいた。露わになった、手脚とは異なり真っ白な肌を見て、四詩は湿った息を吐いた。

 熱い涙が、ぽたりと藤世の胸に落ちる。四詩は藤世の肩に手を置くと、頭を下ろし、自分の涙を舌で舐め取った。

「あ……っ」

 藤世がかすかに震える。

 四詩は身を起こし、藤世を視線を合わせる。つよいまなざしに、藤世は魅入られたように目を離せない。そのまま、四詩は自分の服を脱いだ。乱雑に衣が床に放り出され、一瞥もしない。浅黒い肌の、華奢な裸身が現われる。

 不意に、四詩は目を伏せた。

「……藤世、そんなふうに見ないで。恥ずかしい……」

 四詩の視線から解放されて、藤世はほっとしながら、笑いかけた。

「いやよ。四詩はとてもきれい。ずっと見つめていたい」

 四詩は首まで赤くしながら、よろよろと藤世の肩を抱いた。

 藤世は抱き締め返し、低くささやく。

「四詩……どうしてほしい? あなたのして欲しいことだったら、わたし、なんでもするわ」

 四詩は藤世の髪に顔をうずめ、しばらく陶然と呼吸してから言った。

「……灯り、消して。……あなたの、からだだけ、感じていたい」

「……わかった」

 そうして、ふたりは暗闇で抱き合った。



 夢のなかなのだ、ということはわかっていた。それでも藤世はこの機会を無碍にする気はなかった。

 四詩はあまり、こういったことに関する知識は持っていないようだった。藤世がしたいことを言うと、いちいち驚き、恥ずかしがる。それがかわいらしくて、彼女に執拗に口づけした。そうすると、もっとかわいらしい声を上げる。それが嬉しくて、なんども、もっと声を、とねだった。

 彼女の全身を舌でなぞる。骨張ったくるぶし、自分よりもちいさな足の指、敏感な膝の裏。背中からでも、肋骨の凹凸を感じ取れることに、藤世は感動した。背骨は稜線のようで、なにも見えなくても、彼女という山嶺のかたちははっきりと思い描けた。髪が短いせいで無防備なうなじ、なめらかな肩の広がり。四詩のうつくしさを舌が感じ取った。唇と舌で肌をつよく吸って、見えない跡を付ける。

 四詩も藤世に応えてくれた。いちど高みに導かれたのち、ようやく四詩の震えがおさまり、彼女らしい丁寧さで、四詩は藤世に触れた。固いてのひらが藤世のやわらかな胸の膨らみをこするたび、藤世はあられもない声を上げ続けた。自分の中心から、しとどに滴るものを彼女が啜り、ぎこちなく吸い、喉を鳴らして飲み干すようすが感じ取れて、藤世はあらがえず背を弓なりに反らした。

 快楽は手をのばすだけで得られて、抱き締め合えば無限に高まった。欲望は泉のように渾々と湧き出て、藤世を翻弄した。もっと、彼女と一緒にいたい。

 夢のなかだけでは足りなかった。

 大好きよ、と叫ぶだけでは、満たされなかった。

 ……四詩――四詩。

 いとしいひとを、現し世でもこの手で抱きたかった。

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