第48話

「シジマ君、私が周囲を探るから、君は上から状況を確認して。ただし、あまり高く飛ばないこと。こっちはジジちゃんがいないから、敵のリアクターに見つかったら不利よ」

「はい、先輩!」

 言うが早いか、シジマはウィングからセフィラー放出して木々の隙間を縫って上空に出た。

「ヨウ君、サイ君、私達は物陰に隠れましょう。ヨウ君、隠形の術は使えて?」

 レイチェルに問われ、ヨウは会心の笑みを浮かべる。

「もちろん」

「良かった」

 少女のように微笑むレイチェルの手を取り、ヨウは巨木の影に隠れた。日の光が入らないからだろう、森の入り口には下草が生えていたが、奥の方は苔むしているだけで下草はない。複雑に絡み合った巨木の根が地面から露出しており、歩きにくい。これでは、リアクターは兎も角、ヨウの様なノーマルは戦うのに苦労しそうだ。

「サイ、レイチェル先輩、俺に触れてください。シジマ、お前には俺のシグナルを送るから、位置は追えるな?」

「ああ、雪蛍は戦闘向きではないが、補助系の機能は充実している。やってくれて構わない」

「良し、隠れる」

 ヨウは目を閉じて集中する。両手を胸の前で合わせ、地面に手を触れる。

 頭の奥からチリチリと音がする。この世界と平行の次元にある精霊界。精霊の力を借り、セフィラーを変質させる。

「光……」

 サイの呟きが耳元で聞こえた。

 ヨウは目を開ける。ヨウの周囲から光の粒子が天に向かって立ち上っていく。

「静まれ……」

 ヨウが呟くと、その光がヨウの体に吸収される。そして、ヨウの体が、いや、ヨウ達の体が徐々に薄くなり、周囲と同化した。

「見事ね……」

「姿を消しただけです。俺の魔法で誤魔化せるのは、視覚くらいですね。索敵能力に特化したソフィアリアクターのセンサーには効果が薄いです」

「十分よ。シジマ君。雪蛍の力で、この周辺に霧を作れるかしら?」

「ええ、やってみます」

 シジマは雪蛍のウィングを広げると、胸の前で手を組んだ。数秒すると、ヨウの周囲にうっすらと霧が立ち籠めてきた。霧は徐々に濃くなり、更に数秒後には鼻先さえ分からないほど濃くなった。

 森は不自然なほど静かになった。すでに戦闘開始の合図がして、五分以上が経過しているが、それらしい音は聞こえてこない。

 ただ、この森に蠢く無数の気配、戦気や殺気と言い換えても良いだろう、それらが息を潜め、徐々に距離を詰めている。周辺の空気が張り詰め、昆虫や鳥などの生き物も息を殺して事の成り行きを見守っているようだった。

「…………」

 胸に溜まった空気をゆっくりと吐きだし、ヨウは五感を研ぎ澄ませる。

 レイチェルの作戦は単純明快、待ち伏せからの不意打ちだ。アリティア一人欠けているこのチームでは、こちらから仕掛けるにはどうしても不利になってしまう。相手はリアクターが二名いるのだ。こちらはシジマの一名だけのため、正面からの戦闘では勝ち目がない。そのため、不意を突いてリアクターかノーマル、どちらかを確実に落として数的アドバンテージを取りたい。例え、返り討ちに合ったとしても、こちらも敵を倒していれば、少しでも点数を稼げる。

「大丈夫かな……」

 静まりかえった森。緊張に耐えきれなくなったサイが耳元で囁く。ヨウが隠形の術を使っているので、サイの姿は見えないが、その声音から彼が必要以上にびくついているのは理解できた。

「なるようになるわよ、大丈夫よ」

 ヨウの左隣で、今度はレイチェルの甘い声がする。レイチェルはヨウに密着しているため彼女の息づかいまでもが聞こえてくる。

「サイも、レイチェル先輩も余り動かないでくださいね。俺の隠形の術は、俺の半径一メートル程度の範囲しか隠れられません。俺ではなく、空間に設置された幕だと思ってください」

「う……うん!」

「魔法って、万能なようで万能じゃないわね」

「万能だったら、ソフィアや御剱は存在していなかったですよ。魔法は便利なようで、融通は利かないし、体の負担はかなり大きいですから」

 ヨウは鈍く痛む頭を軽く振った。こうして隠形の術を使用しているだけで、ヨウの体力と精神力は削られていく。

「みんな、来るぞ」

 上空からシジマの声が降ってきた。

 霧の為視界が効かない。補助機能が充実している雪蛍のセンサーが、いち早く敵を捕らえたのだろう。ヨウは耳を澄ます。

 静かな森。それは、何処か妙な感覚だった。あれほどまで命に溢れていたこの森に、今は不思議なほど生命の息吹が感じられない。と言うよりも、サイとレイチェル以外の呼吸、シジマの声以外は聞こえない。


 パキッ……


 その時、小さな物音がした。左手の方から、一つ、二つと気配が近づいてくる。

 敵。ヨウは腰から抜刀する。抜刀はするが、まだセフィラーの刃は出さない。

「サイとレイチェル先輩はプラズマガンで援護を。俺とシジマが敵を倒します」

『了解』

 濃い霧の中から、人影が現れた。地面を歩いている者が三名、中空にリアクターが一名、そして、木々の上にもう一名のリアクターがいるのだろう。ヨウは相手の気配を的確に取られていたが、相手はこちらの気配は捉え切れていないようだ。

 恐らく、相手のリアクターは戦闘タイプ。二人で霧が立ち籠める森の中を移動するには、明らかに危険だ。不意を突かれれば、一気に二人のリアクターがやられてしまう。かといって、ノーマルを残してリアクター二名が霧のない上空を飛ぶわけにも行かないだろう。仕方なく、敵はリアクターの一名を下に、もう一名を上に配置しているのだ。

 ヨウ達にしてみれば、上々の結果、作戦通りだ。


「気をつけろ」


 押し殺した声が聞こえてきた。相手は、徐々に近づいてくる。

 ヨウは静かに深呼吸をし、手にした剣に力を込めた。

 敵はブルーレイク・ロッジの生徒だった。

 ヨウが注目したのはリアクターだ。一人は上空を飛んでおり視認は出来ないが、低空飛行しているリアクターの様子を確認した。

 端正な顔立ちの、金髪で短髪の青年だ。ヨウは名前を知らないが、他のメンバーはきっと分かっているだろう。彼は白と青のツートンカラーのドレスを纏っていた。肌の露出は少なく、細身だが全体的に丸いフォルムを帯びている。ただし、頭部はがら空きで、背部の翼は細い板を数枚貼り合わせたような形状をしている。翼には大きな三〇センチほどの穴が空いており、時折黄色い光がスパークしていた。

 横でサイが唾を飲む音が聞こえる。隠形の術で姿は見えないが、彼の緊張は伝わってくる。

 目の前を四名が通り過ぎていく。上空から、リアクターが発する僅かな機械音が聞こえてくる。上空のリアクターも、下の四人と同じように移動しているようだ。

「シジマ、タイミングは任せる」

 アリティアのいないチームでは、唯一のリアクターであるシジマの攻撃力が飛び抜けている。誰を狙うにしろ、攻撃の主導権はシジマが握るべきだろう。

「ああ」

「ターゲットは?」

 サイが囁くように聞く。

「リアクターだ」

 シジマが意を決したように囁く。そして、森が揺れた。

「行くぞ!」

 シジマが動いた瞬間、低空を飛行していたリアクターが、突如発生した氷に押し潰され、地面に落下した。シジマの攻撃だ。敵リアクターは、瞬時に氷を霧散させると、体制を立て直そうとした。

「もらい!」

 躊躇無く、ヨウは飛び出した。手にした剣にセフィラーの刀身を生じさせ、木の根を蹴り、落ちたリアクターに逆手で突き立てた。もちろん、殺すことは禁止されているが、ソフィアライズしたリアクターを倒すには、殺すつもりでやっても足りない事は、入学初日で経験している。

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