第26話

 意思を持っているかのように背部の翼が動き、由羽の体を数センチ浮かせる。

「由羽、気をつけてくださいね」

「分かってるわよ。しつこいわね」

 言われ、乙姫はシュンッと肩を落とす。由羽はそんな乙姫を見て溜息を漏らした。

 本当は、真っ先にローゼンティーナに駆けつけたいのは乙姫だろう。この一件、なによりもヨウが深く絡んでいる。乙姫も由羽も、レアルだって本来ならばヨウを危険にはさらしたくない。彼には、平穏な生活を送って欲しかった。彼に関わる人、全てがそう思っていたはずだ。だが、結局ヨウは自ら望んでローゼンティーナに向かった。三千世界の未来視がなくても分かっているのだ。彼には、乙姫が見せる未来とは、全く違う色の未来が見えるのだ。

「安心して、私も美和も元気に帰ってくるわ。ジンオウみたいなおっさんを乙姫の傍にずっとおいておけないじゃない」

「おいおい、俺を引き合いに出すなよ。ったく」

 良いながらもジンオウは笑っていた。抜けているとこもあるが、彼はヨウの師匠だ。いざというときは、頼りになる。きっと、由羽よりもだ。

「向こうでヨウに会ったら、よろしく言っておいてくれ。それと、ついでで悪いが、アリエールとシノの奴も守ってくれや。この年で飲み友達がいなくなるのは、ちと寂しいからな」

「ええ、分かったわ。乙姫、ヨウに伝えておくことはある?」

「あ、はい……!」

 乙姫は少女のように顔を輝かせた。恋する乙女、昔から乙姫はヨウの事になると無邪気な表情を浮かべる。由羽は乙姫のこの笑顔が大好きだった。

「それでは、一言だけ。決して、危険な事はしないようにと」

「うん。伝えておく」

「それと!」

 浮上しようとした由羽を乙姫が止めた。由羽は乙姫を見下ろす。

「沢山食べて、病気と怪我には気をつけるようにと」

「オーケー」

「それと!」

 上を向く由羽を、再び乙姫が止めた。

「なに?」

 徐々に由羽の口調が強くなる。

「あの……、未来視で見えた赤い髪の可愛い女の子、それが誰なのか聞いてきてください!」

「はぁ?」

「別に、ヨウが何処で何をしようと、私には関係ありませんよ。でも、何となく気に掛かるんです。だから、それとなく、確実に、絶対に聞いてきてください!」

「あ~、ハイハイ。聞いておく聞いておく」

 背面の翼が広がる。青いセフィラーを放出しようとしたとき、またしても待ったが掛かった。

「なによ!」

 由羽は叫んで、百花繚乱の切っ先を乙姫に向けた。これには、ジンオウを含む居並ぶ人物が顔色を変え、乙姫から離れる。怒りの矛先を向けられた乙姫だが、彼女はモジモジと恥ずかしそうに足で地面に『の』の字を書いていた。

「もう一つお願いします」

「これで最後にしてよね! もう! 気が削がれる!」

 由羽の怒声を受け、乙姫はニコリと微笑み肩をすくめた。そして、少し沈んだ表情になった。由羽は乙姫のそんな表情を見て、小さく溜息を漏らした。

「ヨウに伝えておいてください。 いつの日か、明鏡に帰ってきてくださいと。また一緒に、みんなで星空を見ようって」

 乙姫の真摯な言葉に、由羽は頭を掻いた。聞いているこっちが恥ずかしくなる。

「分かった。要約すると、『愛してる』って事ね。OK、ヨウに伝えておくわ」

「えっ? えっ? えっ?」

 乙姫の顔が真っ赤に染まり、晃司の顔が青くなる。由羽は二人の表情を見て一頻り笑うと、翼を大きく羽ばたかせた。一秒と掛からず、雲の上に出た由羽。結界があるため、どれほど強い風が吹いたとしても髪の毛一本揺れることはない。

 由羽は深呼吸をすると、目を閉じた。

『由羽。久しぶりね』

「久しぶりね、ミューズ」

 百花繚乱に宿る高位の精霊ミューズが頭の中に語りかけてきた。メタエーテリアルから呼び出した高位の精霊、格は外伝に宿る精霊の『帝位』の次に位置する『聖位』だ。

『もう少し、頻繁に呼び出してくれると、私としても暇つぶしが出来るのだけど』

「意味も無くあんたを呼び出してどうするのよ」

『もう、私の繰者なんだから、相棒のことをもう少し考えてくれてもいいんじゃない? こう見えても私、もう何千年もこの狭い中に閉じ込められているのよ? 唯一の楽しみは、繰者との会話なのに』

「ハイハイ、久しぶりだって言うのに、おしゃべりなのは相変わらずね。さて、用件はだいたい分かってるわね?」

『魔神機の復活阻止、若しくは破壊でしょう?』

「私にできる?」

『正式な鈴守、由羽の戦闘力アップ、それがあれば殆どの魔神機を私たちだけで霊子レベルまで破壊することは可能。事実、先代の繰者は魔神戦争だと傀儡についた魔神機を何体も屠ったわ』

「む~~~~………正式な鈴守って、今現状じゃ手に入らないじゃない」

『そうね』

「あんたがえり好みしてるからでしょうが。私は、美和でも十分だと思うけど?」

『前から言ってるでしょう? 相性って言うのは、私の意思でどうこうできる物じゃないのよ。セフィラーの質と言い換えた方が良いかもしれないけど。そういうのは、親兄弟だからってのじゃないの。由羽が他人であるヨウやレアルと意気投合できるけど、姉妹の美和と意気投合できる?』

「無理」

『そういうことなのよ。人間同士のように、外面だけで接してる分には良いんでしょうけど、転神は私たちの融合。相性が全てなのよ』

「………ふぅ。暗澹たる未来が広がりそうね……」

 由羽は目を開けた。

「んじゃ、行ってくるわ」

 眼下に見える明鏡。由羽の目には乙姫達の姿は確認できない。もちろん、下にいる乙姫からもこちらを捕らえられないだろう。

「美和、ステルスフィールド展開。めんどくさくなるから、ローゼンティーナや他の国の探知を巻いていくわよ。ナビゲーション、よろしく」

『かしこまりです! お姉様! 距離はおよそ一二〇〇〇キロです。グラビティリフレクター、マクスウェルドライブシステムは正常稼働の範囲内。他のシステムの半数は機能不全ですけど、現状ではこれが最高のパフォーマンスですぅ~。マックススピードでの所要時間は、およそ一時間ほどです~』

「じゃ、お昼は向こうでとりましょう」

 由羽は百花繚乱を一振りした。長い刀身に付いていた装飾がボロボロと外れ、一つ一つが意思を持ったかのように宙を飛び回る。

「ガンスレイブ! 行くわよ!」

 由羽の声に従い、自立型兵器ガンスレイブは由羽の前に円形に並ぶ。そして、セフィラーを放出し、フィールドを形成した。由羽は背面の翼を目一杯広げ、セフィラーを放出する。その様は、まるで光り輝く鱗粉を放出する蝶の様に華麗だった。

『じゃあ、由羽、行きましょうか』

「OK! 美和、ミューズ、ローゼンティーナにいって、魔神機を何とかするわよ! 気合い入れなさい!」

 由羽は迷う事無く前面に展開しているフィールドに突っ込んだ。その加速は徐々にスピードを上げるのではなく、一瞬にして最大速度に到達する。動いた瞬間に空気の壁を突き破り、激しい衝撃波を周囲に放つ。本来なら、急加速で肉体が持たないが、体を包み込む結界により、由羽の体に掛かる圧はそよ風程度の物だった。さらに、ガンスレイブが展開したフィールドに入ったことにより、由羽の体はさらにスピードを上げ、雲を吹き飛ばし、目的地であるローゼンティーナへ向かった。

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