746文字の世界「はっか飴」

はっか飴ばかり食べていると、眠いのかとよく聞かれる。

別にそういうわけじゃない、好きなんだよ。

僕は決まってそう答える。

さらに追究されたら、これまた僕には然るべき理由があるのだと、昔話を語る。

中学二年のことだ。

ぼんやりしてたか本を読んでいたか、そこのところは曖昧だが、突然前の席のMさんに手を握られた。

僕は驚愕した。

Mさんとには密かに思いを寄せながらも、おそらく一言も話すことなく卒業すると思っていたからだ。

「飴ちゃんあげる」

そう言う彼女の頬っぺたが少し膨らんでいる。

僕はようやく、彼女と自分の手の間に小さな塊が埋まっていることに気づいた。

中学にお菓子を持ち込んではいけない。食べるのももちろん禁止だ。

それを自分に分けてくれた。

私はなにかとてつもなく重要な秘密を共有した気になって大真面目に頷き、受け取った。

先生が入ってきた。彼女は手を引っ込めた。一瞬いたずらっぽく口を歪ませたのがとても大人びてた仕草に見えた。

授業中、そっと手を広げると、半透明の飴が熱で溶けて手のひらにくっついていた。飴はフィルムで包まれていなかった。

私はあくびをする仕草で飴を口に放り込んだ。

すると、はっかの辛い味が一瞬にして広がる。

反射的に吐き出しかけたのをなんとか我慢した当時の自分は偉いとしか言いようがない。

こうして、はっかの強烈な味と共に彼女の存在は嫌でも記憶に焼き付いた。


結局、その後Mさんとは大した進展もなく卒業を迎えた。

だが私は、いまでも彼女のいたずらを企むあどけない横顔が忘れられず、こうしてはっか飴を舐めては、甘酸っぱい思い出に浸っているんだ。


え? そんな都合のいいことがあるかって?なら事務の前園さんに聞いてみろ。

中学のころはっか飴でいたずらした相手と大学で再開して結婚まで行き着いたのは本当ですかってな。

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