けむにまいたり

なみさとひさし

第一章 邪霊

第1話 問題はない

 今日も院長はいつものように往診に出かけている。だから私はいつものように「あおぞら治療院」で独り働いている。


 十八時の鐘が鳴ったのでもうすぐ来るはずの新患しんかんの情報を確認していた。六条先生からの紹介なので下手な治療は許されない。

 六条先生は、私が今年卒業した鍼灸専門学校の担任で恩師だ。面倒見の良い先生で人脈も広く、ありがたい事に時々患者を回してくれる。


 問診はほとんど六条先生が済ませたので、予め渡された問診票もんしんひょうを読んでみた。

 その患者――浜小路瑠璃はまこうじるりさんの症状、その他が簡潔にまとめてあった。

 ・主訴は、ひと月前からの首の痛み、こわばり、締められるような息苦しさ。

 ・整形外科や整体に行ったがほとんど効果なし。

 ・レントゲンや各種テストも異常なし。 

 ・発生機序はっせいきじょ、つまり首の不調のきっかけや原因はわからず。

 

 症状自体は東洋医学的に判断すれば、たぶん寒さの邪気じゃき外邪がいじゃが身体に侵入しとどこおり、痛みや動かせなくなる慢性的な症状、すなわち痺証ひしょうに変化をしたのだろうと見立てた。原因である邪気を抜くのには、鍼と灸の効果を同時に得る灸頭鍼きゅうとうしんが適切かと思案にふける。

 気が付くといつの間にか入口の扉が開いて芳しい匂いが鼻孔をくすぐっていた。


 そこにはとても綺麗で清楚な感じの女性が立っていた。

 あたかも小汚い治療院に花が咲いたよう。

「あの、あなたが日陰先生ですね? 六条先生からの紹介でこちらに伺いました浜小路と申します、うふふ」と彼女は鈴を転がすような声で笑った。


 呆けていた私は気を取り直し彼女をベッドに案内して早速問診を始めた。

 浜小路さんは気さくでよく話してくれた。

 問診票もんしんひょうに要点を書いていくとだいたい次の内容になる。  


 浜小路さんはひと月前に知り合い数人と遊び半分で心霊スポットに行ってから首がおかしくなった。

 その知り合いの内の一人が拝み屋だか祈祷師みたいな人で「霊が首に巻きついているのが見える。特別な儀式が必要で普通の治療では治らない」と言い出した。

 かなり執拗に一回十万円の儀式を強く勧めてくるので困っている。初めは疑っていたが実際、整形外科や整体では効果がなかったのでもしかしたら本当に霊の仕業かもと疑っている。

 そんな時に六条先生を思い出し今に至る、と……。


 首自体の症状はすぐに灸頭鍼きゅうとうしんで良くなるだろうが、問題はその自称拝み屋なのは明らかだった。それに十万円とは驚きだ。私の基本給のひと月分ではないか。


「ご安心ください、浜小路さん。私なら一回の治療で改善できます。できればその拝み屋も連れて来てください。圧倒的な力の差を見せつけてやります。目の前で楽になるのを見たら諦めるでしょう。ただし保健を扱わない自由診療になりますので鍼や灸以外の治療も行います」私は自信満々にまくし立てた。


 決して大口を叩いたのではない。私はかつてこのような患者の治療を学んだ経験がある。勝算がある。自信もある。

 六条先生の期待に応える為、正義感の為、綺麗な女性の為、歩合給の為。

 様々な思いが浮かんでくるが、自分の力を証明して自分の存在を認めてもらいたいという思いが一番強い。


 治療に準備が必要なので、その日は予約だけしてもらい浜小路さんは帰った。帰り際に彼女は言った。

 「すべて日陰先生にお任せします。日陰先生は聞いていた通り本当に関取せきとりみたいなご立派なお身体で安心しました。うふふ」

 まるで小汚い治療院に春風が吹き抜けたよう。


 それからしばらくして院長が帰ってきた。鼻歌を歌いご機嫌だ。

 私は紹介で新患の予約が取れた事を報告し、その患者はユニークな症状で故にユニークな治療をするつもりだとも言った。


「ああ、何だってやっていいよ。患者に合わせて適切な治療をするオーダーメイド治療があおぞら治療院の精神だからね」


 すべて順調で問題はなかった。 

 この手の治療は一度見たので、ぶっつけ本番だが問題はない。

 院長の許可も得たからどんな治療をしても問題はない。

 私が今年の二月に鍼灸の国家試験に見事落ちて、モグリの鍼灸師として資格もないのに働いているがこの業界ではよくある話なので問題はない。

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