てのひらのおはなし

樹 永久子

甘い星のかけら

 懐紙かいしの上に、金平糖こんぺいとうが転がっている。


 視力の衰えた目をらし、白、桃、水色の中にい混ざる黄色い粒を探し当てる。


 枯れたように老いた指いが摘まみ上げ、小瓶の中に落とし入れる。


 単純な作業ではあるが、年々、指節しせつの自由がかなくなっていた。


 しかし、彼女の喜ぶ姿を思い浮かべると、苦ではない。


 彼女との出逢であいは、六十九年前のことだった。



 戦後、命からがら復員した私は、闇市やみいち彷徨さまよっていた。


 物資が不足していたことから、闇市では商品が不法な値で取引されていたのだ。


ーー金平糖はありますか?


 ふと、か細い声を耳にかすめた。

 

 足を止め、視線を巡らせると、間近に娘の姿がある。


ーーあのぅ、金平糖はありますか。


ーーすみません。金平糖は、……。


 彼女は、手当たり次第に商人へ問い掛けていた。


 彼女が肩を落とし、きびすを返した時、


「キャラメルならあるよ」


 私は思わず引き止めた。


 彼女が驚きもあらわに振り返る。


 つられて私も驚いてしまった。


「金平糖でないと、駄目だめです……」


 彼女は小声で訴えた。


 私は少し傷付いた。


 そして、気が付くと、彼女の腕を引いていた。


「来なさい」


 私は、彼女を連れて闇市を出た。

 

 普段の私には、到底考えられない行動だった。


 不安げに見上げる瞳に、私を戦場に送った今は亡き母の面影を見たのかもしれない。


 二人で真っ当な店を回り、金平糖を探した。


 しかし、目的は果たせなかった。

 

 彼女は、金平糖を欲しがる理由を教えてくれた。


「妹が体の弱い子で。だから、たまには好きなものを食べさせてあげたくて」


 私たちは、度々会うようになった。


 金平糖が手に入ったのは、半年後のことだ。


「妹は、黄色だけは私にくれるのよ」


「黄色が嫌いなのかい?」


「私が好きだから」


「金平糖なんて、どれを食べても同じ味だよ」


「ええ、でも。星のかけらみたいじゃない?」


「ーー見えないな」


 金平糖は金平糖だ。


「夢がないのね。想像力をふくらませてみて」


 無理な話だ。


 私は夢をほうむり去った。


 戦時とはいえ、多くの人間の命を奪った私に、夢見る資格はないのだから。


 今さらになって、命を救いたいーーなど。


 かつて、私は医師を目指していたのだ。


 人の命を救いたかった。


 けれど、私の手は大勢の人の血に染まった。


「医者の手だって、血に染まるわ。だって、医者は患者の怪我に触れたり、手術もするじゃない」


「そういうことではないよ」


「違うの? あなたは、難しく考えすぎよ。私は、あなたの手が好きよ。私を引っ張って、一緒に金平糖を探してくれたじゃない」


 それは、彼女のためというよりも、むしろ己のために近かった。


 一目見て、惹かれた。


 彼女と関わり合うきっかけが、ほしかったのだ。


「あなたの手は、人を救う手よ。血で汚れているだなんて思うのなら、いっそのこと、命を救うために流れる血で染め変えてしまいなさいよ。たくさん手術して、大勢の人を救うの」


 彼女の発想の転換に救われた。


 私は、再び医師を志すようになった。


 彼女の妹を助けたかった。


 だが、願いは叶わなかった。


 彼女は気丈にも告げた。


「あの子は星になったのよ。もう、苦しまずに済む」


 私は、働きながら勉学にはげんだ。


 才能を見込んだ医者夫婦が、私を養子にしたいと申し出てくれた。


 彼らの実子は英霊となっていた。


 病院を失わずに済む策として、私を欲したのだ。


 私たちは親子となった。


 それにあたって、私はある条件を出した。


 養父母はしぶしぶではあるが、承諾しょうだくしてくれた。


 感謝のあかしとして、良き息子を努めた。


 念願の医師となり多くの命を救い、救えない命もあった。


 月日が流れ、養父母がこの世を去り、私もまた老いた。


 息子が跡を継ぎ、孫息子も幼いながらも父の背中を追っている。



「なにをしているの?」


 孫の問い掛けにより、現実に引き戻された。


「おばあちゃんに会いに行くんでしょ?」


「そうだな。会いに行こう」


 私は、ゆっくりと立ち上がる。


「おばあちゃんの金平糖だ」


 孫が声を上げ、小瓶に手を伸ばした。


 小瓶は、黄色い金平糖で満たされている。


 かつて、私が養父母に出した条件とは、縁組みについて自由にさせること。


 私は、妻に会いに行く。


 彼女が好きな黄色い金平糖を持って、会いに行く。


 彼女は五年前にこの世を去った。


 彼女は、大人しく眠っているような女性ではない。


 きっと、彼女の妹と同じく星となり、大空で輝いていることだろう。


 私も時期にあとを追う。


 彼女に逢えることを思うと、死はさほど怖くはない。


「星のかけらみたいだね」


「ああ。本当だ」


 私は、孫の手を握り締めた。


 そして、星がまたたくには早い、青空を見上げるのだった。

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