恐るべき敵

「さて……。」私はロッキードの横に行った。「二対一だが、卑怯とは言うまいね」

「……ふん、しり込みしていたこいつに退屈していたところだ」

「何か仕込んでいるくせに、よく言う」私は正眼(基本的な中段の構え)で構えた。「セコイ真似して正々堂々とやってるふりとは」

「チーターなのさ」

「……チータ……なに?」

「例え転生者の落とし子だろうと、お前には分からんだろう。まぁいい、こいつだけじゃない、この世界に退屈していたんだ。……お前ならもちろん俺を楽しませてくれるんだよな」

 リーガルは胡蝶刀を構えた。

 私は言った。「悲鳴を上げるほどにね」

 言い終わると同時に、私は踏み込んで突きを放った。上体そらしで避けるリーガル。連続して放つ私の突きを、後退しながら両手の胡蝶刀でリーガルは弾きづつける。金属音が休みなく響き、刃がぶつかる度に私たちの得物からは火花が散っていた。

 リーガルが刀を叩き落すように弾く。刀の切っ先が大きく下がった。リーガルは手の回転で小さい斬撃を絶え間なく繰り出す。攻守一転、私は刀で素早く受け続ける。リーガルの連撃は休むことなく、しかも少しづつ位置を変えて繰り出されるため、私は反撃の機をなかなか見いだせずにいた。見た目は猫のパンチのように軽い攻撃だが、リーガルの狙いは私の手の先端。肉厚な胡蝶刀なので、一撃で指が切り落とされかねない。

 刃ばかりに気を取られていた。リーガルは胡蝶刀の連撃に加えて肘打ちをくり出してきた。刀で防いでいた上から、リーガルの肘が私の側頭部にヒットする。

「くっ」

 さらに、リーガルは膝と下腹部に連続して蹴りを入れてきた。

 私がバックステップで距離を取ると、リーガルは飛び上がり二本同時に得物を振り下ろしてきた。私は攻撃をサイドステップで避け、横なぎでリーガルの首を狙う。リーガルは両の胡蝶刀で刀を受け止める。そして刀の上で胡蝶刀をスライドさせ交差させると、リーガルは得物を滑らせるようにして鍔迫り合いに持ち込んできた。最初はふたりの武器は下段で交差していたが、金属音を奏でながら円を描き、鍔迫り合いは上段に移行した。刀を私の首に押し付け、左の胡蝶刀でこちらの動きを封じたまま、右の胡蝶刀を振り上げるリーガル。私は踵を地面に押し付け、骨格全体を駆使してリーガルを押し返した。距離ができた瞬間に、私は低い体勢から回転して足を狙った横なぎを、リーガルは飛び上がり回転して二対についの胡蝶刀の横なぎを放った。ふたりの得物はそれぞれの体をかすめることなく空を切った。

 私たちは互いに構えなおした。

 思った以上にやる。ふざけた雰囲気を出しているが、腕は確かのようだ。

「うぉっ?」

 すると、リーガルが体が倒れんばかりに上体をそらした。その横を、戦槌がうねりを上げながら通り過ぎた。ロッキードの攻撃だった。

「そうか……お前がいたな」リーガルは立ち上がりながら言った。「メインデッシュが出てきたら、前菜の皿は下げるものだが」

 私はリーガルの背後に立った。

「ふむ、ふたり同時だとちと手こずりそうだ。……お前は少し封じておくか」

 リーガルが言うと、ヴィオレッタの時のように緑色のもやが濃くなって人型を形作り、リーガルの体にまとわりついた。リーガルの表情が曇っていた。

「……ロッキード?」

 リーガルがくどいまでに緑色の瞳を爛々らんらんとさせながら言った。「……いいのか? ふたりがかりで俺に傷を負わせたら、助からんぞ?」

 ロッキードから力が抜け始めているようだった。

「……クロウ、気をつけろ」ロッキードは言った。「理屈は分からんが、こいつは妙な術を使うぞ。負わせた怪我が、なぜかこちらに移ってくる」

 なるほど、さっき見た顎の怪我の治癒はそのためか。しかし、この男が隠し持っている武器はそれだけではなさそうだ。ロッキードも気づいていない、このもそのひとつだろう。

「半端な攻撃をしたら、さっきの男と同じことになる。一撃で終わらせなければならん」ロッキードは言った。

「やってみろ」リーガルは嗤った。

 私は刀でリーガルの背後を、ロッキードは戦槌で正面から挑む。

 私は“日輪”から連続した左右上下の斬撃を繰り出し、ロッキードは戦槌を振り回す。リーガルは体を回転させながら両手の胡蝶刀で私の斬撃を弾き、ロッキードの打撃を体をそらしながらかわし続けた。その様はまるで舞を踊っているようだった。

 武器と武器がぶつかる金属音と、戦槌が空気を殴る音がますます速くなり、自分たちが何をしているのかも分からないスピードになった頃、私は飛び蹴りで吹き飛ばされ、ロッキードは胡蝶刀での斬撃を腕に喰らっていた。

 攻撃に思い切りがないロッキードと、不向きな私の“日輪”とはいえ、同時に私たちの攻撃をさばき、さらには反撃までしてくるとは、程度ではなかった。恐るべき野郎だ。

「いいじゃないか」リーガルは愉快そうに言った。「弾幕ゲーのスーパーハードモードを思い出す」

 また分からない言葉を使っている。だが、いちいちそれを問う気にもならない。

 リーガルは自分の左の前腕を見た。私だって奴のダンスに花を添えているわけではない。

「おぉ、少し切られたか……。」

 リーガルは右手の二本指で切られた黒いスーツの箇所をなぞった。指には血がついていた。

「確かに、二対一では分が悪いか……。」

 そこへ、私が目を切った男がよろよろと歩いてきた。

「リ、リーガルさん……。」

「何だ、お前、生きてたのか」

「へ、へぇ、何とか……。俺もやってやりやすよ。あの女ぁ、ぶっ殺してやりやしょう」

 男の手には片手剣があった。

「助太刀が虫の息の手負いとは、ちょいと心許こころもとないな」私は言った。

「そうだな、虫の息では都合が悪い」

 そう言うと、リーガルは懐からナイフを取り出した。そして、切っ先をその男に突き出す。

「……え?」

 カシュンという音と共にナイフの刃がつかから発射され、男の額に突き刺さった。リーガルの手元にはバネの伸びたナイフの柄だけが残っていた。

「……あへぇ?」

「……死んでいてくれないとな」

「なっ?」

 私は驚愕して声を上げた。味方を殺したこともそうだが、リーガルの使った謎の武器にもだった。もし、あれを最初から私に使っていれば、簡単に勝負は決していたはずだ。やはりこの男、とことん遊んでいるらしい。

「どうした、気でも違ったか? せっかく生き残った仲間を殺すなんて」

 私はあざ笑ってやったものの、声は虚勢ということが自分でも分かるくらい上ずっていた。

「なに、使

「……何を言ってるんだ?」

「お代は見てのお帰りだ」

 リーガルが右手を掲げ、スナップで指をならした。奇妙なことに、だだっ広い雪原の上のはずなのに、スナップ音はわずかに反響していた。すると、頭に刃が刺さって息絶えたはずの男がむくりと起き上がった。

「……なんだと?」

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