舞台の幕開け③
──三か月後
「王都がめちゃくちゃになってるって話だ」
フェーンドの兵士が仲間に言った。
「めちゃくちゃって……転生者軍に制圧されたのか?」
「いや、そんな生やさしいもんじゃない、想像できないほどに破壊されちまったらしい」
「想像できないって……。」
「俺は王都がなくなったって聞いたぞ」と、別のフェーンドが言った。
「なくなった? なくなったってどういう事だよ?」
「文字通りなくなったんだよ。生き物も建物も、あるのは地面だけってことさ」
「そんなことが……。じゃあ、黒王は……アムネスト様は?」
フェーンドはさあな、と首を振った。
敗戦の
王と国に対する忠誠、同盟国のために命ををささげた。まぎれもなく本物の気持ちだった。そして自分の想いが証明されれば、この国で仲間として認められる、その期待と希望と夢、そのすべてが敗戦で
「なんだこれは……。」
従軍を終え故郷に戻るとクロックは絶句した。彼の故郷には戦火は及んでいないはずだった、だが彼の集落の建物はめちゃくちゃに破壊されていた。
しかし様子がおかしかった。というのも、転生者の軍が破壊した建物を彼は戦地で見ていたが、自分の集落の破壊され方が、それに比べるとささやかだったからだ。焼けている家があるが、もし転生者が火を放ったのなら、建物は全焼どころか集落全体が焼け野原になっているはずだ。なのに、その家はボヤのあった程度の延焼で済んでいる。
しかしそれよりも妻の
「……くそっ」
彼の家も破壊されていた。しかし、やはり妙だった。壁などは壊されていたが、建物自体はまだ残っていた。戦争で破壊されたというよりも、気の荒い強盗に襲われたような荒れようだった。
「……何があったんだ」
「……おい、クロックさんじゃないか? 生きてたんだねぇ」
クロックが振り向くと、そこにはかつての近隣住民がいた。
「ああ、あんた……。」
住民は荷車で家財道具を持ち出していた。男はよかったよかったと目を細めてクロックを見る。
クロックは男に詰め寄った。「どうしたんだ? ここにも転生者軍が来たというのか? いや、それよりも妻だ。レセラはどこにいる?」
「あ、ああ、奥さんは大丈夫だよ。別のところにいる。安心しなさい、敵はここまでは来ちゃいないよ」
「別の所? なら何だってこんなことに? 敵は来ていないんだろ?」
「それが……。」
よどんだ空からは、小雨が降り始めていた。
クロックが男に教えられ川沿いに行くと、大きな橋の下には大勢の人間がいた。彼らはまるで流民のようにボロをまとい、みすぼらしい姿で体を寄せ合っていた。
「レセラ、レセラどこだ!?」
集団の中に割って入ったクロックは、なりふり構わず妻の名を叫び人をかき分けた。
「……あなた!」
座り込んでいた集団の中から、レセラが立ち上がった。
「レセラ!」
クロックは人の中を泳ぐようにかき分け、レセラに抱きついた。
「レセラ、心配したぞ!」
「それはこっちよ、あなた生きてたのね!」
「ああもちろんだ。お前を置いて死ぬものか!」
「ああ……良かった……。」
安堵したレセラは、夫の胸にすがってすすり泣き始めた。
ここへ来る前、かつての近隣住民から聞かされたのは、フェーンドやオークたちの暴虐だった。デマが流れたのである。同盟諸国にいる人間が転生者軍に内通し、戦局をこちらに不利なるように暗躍していたという噂、それは元々あった黒王領内の人間への嫌悪を憎悪に変え、少数種族である彼らに対する迫害へと発展していた。多数派の中にも人間に味方する者はいたが、それでも人間は財産だけでなく、命すらも奪われていた。
「おい、あんた……。」
群衆の中にいた男がクロックに話しかけた。
「これで分かったろう、あいつらはどうあっても俺たちを仲間だと認めはしないってことをな」
「それは……。」
「戦争に行く前は憂国青年同盟なんかに入ってフェーンドやオーク共の真似事して、しっぽ振ってアイツらの後を追って戦地に行って、帰ってきてみればこのざまだぞっ」
「うちの息子だって戦争にとられたのよっ?」隣にいた初老の女が言った。「それなのに、こんな仕打ちって、あんまりだわ……。」
出兵前、クロックが人間たちを扇動して兵に志願させていたことを彼らは覚えていた。
憎しみの視線の束に貫かれたクロックは、妻を連れて群衆から逃げるようにして走り出した。
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