in the backstage─運命の刻─②
その夜、クロックが収集をかけたという名目で、街の有力者の懇親会が開かれた。役所の所長、進駐軍の将校、すべてが大きな肩書を持つが、クロックの元で甘い汁を吸うためには、クロックに対して態度は大きくも腰は低くしなければならず、文面上は横柄な口のきき方だったが、その口調は常に数オクターブ高くなっていた。
一方の
一方のクロックは、役所の刑部(犯罪を取り締まる部署)の副部長から、先日結婚した女性を紹介されていた。
「まったく、仕事一筋と思いきや、こんな美しい娘を射止めおるとは、こいつも隅に置けん男だよ」と、長身のアフロヘアの刑部の部長が笑いながら副部長の背中をしたたかに叩いた。副部長は後頭部をかきながら新妻をちらちらと見ている。
「しかしクロック君、きみも長いこと独り身なのだろう? 身をかためようとは思わんのかね? 奥様を早くに亡くされたという話だが、操を立てるのにも限度があるぞ」
クロックは白い歯をちらつかせながら言う。「仮に結婚したとして、一体どうやって花嫁の心をつなぎとめろというのです? 私の両手はいつだって書類の束を抱えているようなものですよ。アフタヌーンティーだって、妻とではなく商人や役人とテーブルを囲むことになるのですから」
「やれやれ、仕事は男の本分とは言うが、君のように度が過ぎるのも考え物だな。では、このまま一生独り身かね?」
「私は仕事と結婚しているのです、部長殿」
これだものなと、あきれて部長は副部長を見た。
「……クロック様」
そこへ、給仕がトレイにグラスを乗せて現れた。そこには主人用のグラスと、来賓者用のグラスが分けられていた。
「ああ……。」
客たちはグラスをそれぞれ取ったが、クロックはグラスを取らなかった。
給仕が問う。「飲まれないので?」
「いや、いい。気分じゃない。皆で飲んでくれ」
副部長の新妻が、主人用のグラスを取った。そして来客たちはグラスを掲げ祝杯をあげた。
しかし、彼らがグラスを口に運ぼうとした矢先、突然新妻の背中を激しく押すものがいた。
「きゃあ!」
来客たちはグラスから酒をこぼした。
「な、なんだっ?」
「す、すいませ~ん」
そこにいたのは、小男のヘイローだった。
男たちは怪訝な顔でヘイローを見る。リーガルとは別の意味で人に不快感を与える男だった。病的な青白い顔に目の下にはこびりついた紺色の
「誰だお前は?」
ここにいる以上、重要な来賓の可能性もあるが、所長は直感でこの男が
「は、は、わたしはぁ……。」
騒ぎの張本人でありながら、おろおろしながらヘイローはクロックを見た。
深いため息の後、クロックはヘイローを来客に紹介する。
「彼はリアルトラズからの客です」
刑部部長の顔つきが変わった。刑部に関わる者として、リアルトラズの名前を知らぬものはいない。
「おお、そうなのか……。これはこれは……。」
しかし、それが分かったとしても素直に挨拶をする気になれない嫌悪感がヘイローにはあった。
「外してくれないか、大事な話をしているんだ」
クロックがそう言うと、ヘイローはへこへこ頭を下げながら、落ちたグラスをかたずけていた。
「もういい、そんなことは使用人にでもさせておけ」
クロックに言われると、ヘイローは大急ぎでグラスを片づけその場を去って行った。
「……本当にリアルトラズからの使者なのですか? しかし、リアルトラズの人間がなぜここに……?」
「あそこの所長とは、古くからの付き合いでしてね……。」
「はぁ……。」
クロックの人脈の広さに、改めて所長たちは感心する。
去って行くヘイローの
その後、多くの来客がクロックに挨拶に訪れた。この男に何らかのつながりを持とうと、ある商人は成人したばかりの娘を紹介するなどしたが、クロックはいずれも興味を示さなかった。
その中で、世慣れした女が露骨にクロックを誘惑し、彼の寝室にまで入り込むことに成功したが、クロックは酒を一杯飲ませると、そのまま女には手を出さずに護衛をつけて家に帰した。
クロックは独り、寝室で横になっていた。暖炉の火は消えかけていた。細かいところで倹約家だった彼は、自分のためだけに薪をくべるのを良しとしなかった。部屋は寒々とした闇にも近い青色におおわれていた。街の権力を
なかなか寝付けない中、クロックはふたりの女の事を思い出していた。
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