第一章 ALIVE
一人目の女
ベクテル王国、通称「中央」。
戦後、転生者の拠点となったこの国は五王国の盟主となり、さらに法術と科学を駆使して発展した都市は、五王国の中でも最大の繁栄を誇っていた。しかし、その繁栄はあくまで王都のみの話であり、都市の外部は高い壁で囲まれ、その外の広大な領地は王都の経済を下支えするために貧困の状態でおさえつけられていた。人々は安い労働力で酷使され、大地や山河は都市のための物資を生産するために開拓されていた。
広大かつ複雑な事情を抱える領地は王都の役人の監視が行き届かず、王都の外ではその土地・街での独自の自治が黙認されていた。街によっては、人身売買や外法の実験、違法薬物が蔓延しさえしていた。
王国領カッシーマの“イリア”は、そういった自治区のひとつだった。イリアは都市で仕事に溢れた人々が新天地を求め集まった場所であり、集まってきた農民や商人たちは、当初は男女ともに開拓者精神溢れるたくましい人々だった。
しかし、そんな彼らもやがて厳しい環境の中で心が荒んで行き、いつしか労働が終わると、ただ疲れとやるせなさを慰めるだけの日々を過ごすようになっていた。
時代と場所を問わず、創意工夫がなければ男の娯楽はひとつの方向、酒と博打と女へと行き着く。だが女に関しては、狭いコミュニティの中で地元の人間が関わるわけにもいかず、結果として外からの労働力に頼らざるを得なかった。すなわち、人身売買である。ある者は家庭の困窮で、ある者は騙されて、またある者は人さらいに襲われ、商売道具としての女、娼婦として街へ集められた。そして娼館は人心の安定のため、また外の街からも金をもたらすため、人々はそれを必要悪として受け入れていた。
物語は、そのイリアの宿場町の娼館に、ひとりの少女が運び込まれた所から始まる。
娼館の主のヒョードルは、競り落とした品を運んでいる幌馬車を、娼館の前で手ぐすねを引いて待っていた。歳は50代前半、密度の高い白髪はモミアゲまでびっしりと生え揃っている。茶色の瞳は強欲に光り、大きな鼻先は魚の卵巣のように先端で真ん中に割れ、うっすらと血管が浮かび上がっていた。騎士崩れの家で育ち、上背も高く、若い頃は筋骨がたくましかった事が伺える体つきだった。戦前に比べ法が整備された時代においても、こういった腕っ節でモノを言わせる男が頭角を表すのは世の常だった。
馬車が彼の目の前で止まり女衒のガロが降りてくると、ヒョードルは小躍りをするように馬車に駆け寄った。
「待ちくたびれたぞ、ガロ」
「時間通りのはずだが?」と、ガロは怪訝な顔で言った。
ガロはヘルメスを始め諸国で名の通った女衒だった。ガロが知られている理由は彼の仕事だけでなく、無毛症のため頭髪はおろか眉毛もまつ毛も一切ない風貌にもあった。一度見た人間ならば彼を忘れることはなかった。
「いやぁ期待しすぎてな。時間が長く感じちまったんだよ」
「俺の知ったことじゃない」
「まぁそう言うな」ヒョードルはガロの後ろの馬車を見る。「で、あそこにいるんだな? 俺の宝物ちゃんが」
「……ああ」
「……どうした?」
感情の起伏に乏しいガロだったが、今日は一段と沈んでいるように見えた。
「いや……何でもない」
ガロは荷馬車の後ろに周ると、鉄格子の扉を開けた。
「ほら、出ろ」
ガロに命令されて馬車の荷台から降りてきたのは、10代半ばの少女だった。少女は枷をされた手を眺めるようにうつむいていた。そして、その少女は一見して明らかに普通ではなかった。髪は羊毛のようにうすく黄色がかった白で、肌は雪のように真白く、瞳は薔薇のように赤かった。
「ほほぉう……。」
ヒョードルは少女の顎を掴んで持ち上げ顔を品定めする。
「顔も悪くない……。」ヒョードルは満足げに笑う。「いやぁいい買い物をしたっ」
「それは何より」
「よし、さっそく商品の具合を見てみよう。ほら、歩けっ」
ヒョードルが強引に少女の手を掴んだ。
「あまり乱暴に扱わんでくれよ。見ての通り白子だからな。体が弱いんだ」と、ガロが注意する。
「わぁかっとるよ。花びらをめくるように慎重にやるさ」
引っ張られていく少女にガロが告げる。「そいつは娼館の主の中じゃあまだマシな男だ。言うとおりにしていれば、ひどい目には遭わん」
「……どうしたガロ? もしかして、お前ともあろう者が、女に情でも湧いたか?」
「別に、そんなんじゃないさ……。」
「なら良い。ほら、ついてこいっ」
そう言ってヒョードルは促すように少女を歩かせた。
娼館に入ってく少女を見ながらガロが独り言つ。
「……気を強く持て。そうすれば、いつかは道は開けるもんさ」
少女は男たちの前で身ぐるみを剥がされ、全裸で立たされていた。真っ白な少女の体は、薄暗い部屋の中でぼんやりと光っているようだった。
「すげぇな、寒気がするほどの美しさだ……。」
内臓まで見透かすかのようにヒョードルが少女を凝視する。少女はその視線に耐えきれず、顔を背け口を真一文字に結び体を小刻みに震わせていた。
「アソコの毛まで白いんすね」と、ヒョードルの部下が言う。
「当たり前だろ」
「なぁヒョードルさん、触ってみてもいいっすか?」
「おう、だがあんまり乱暴にするなよ。肌が弱いらしいからな」
部下は少女に近寄り、顎を掴み顔を眺め、遠慮なしに胸を揉みしだいた。少女が肩をすくませる。
「お、おお~。なんだ、触り心地は他の女と変わらないんすね」
「そりゃあそうだ。まさか雪みたいに冷たいと思ったか?」
「へ、へへ、やっぱそう見えるから……。」
「よし、じゃあ中も見てみよう」
ヒョードルの発言に少女が顔を上げる。「……え?」
ヒョードルの部下は少女の背後に立つと、強引にお姫様抱っこで持ち上げた。少女が声にならない悲鳴を上げる。
部下は少女を机の上にうつぶせに乗せると、動けないように両の手首を掴んだ。
「え? え?」
困惑する少女を尻目に、ヒョードルは少女の背後に立ちむき出しの尻を掴み両手で広げた。少女の陰部が露わになる。
「い、いやぁ! いやだぁ!」
「うるさい! お前の体に不具合がないか調べてんだよ!」
「嫌だ! こんなの嫌だよぉ!」
「おいっ、おとなしくしろっ」
しかし、それでも少女は必死の抵抗を続ける。業を煮やしたヒョードルは、腰のベルトを外し、少女の首に巻きつけた。
「なに……するの……。」呼吸を塞がれ、声を詰まらせて少女が訴える。
「傷をつけたくないが、躾もせねばならん」
ヒョードルは力を込めて少女の首を絞め始めた。
「うぐぅ!」
呼吸困難に陥り、混乱して体をバタつかせる少女。白い肌はみるみる桜色に染まっていった。
「だ、大丈夫ですかい?」
両手を抑えている部下が心配そうに訊く。
「殺しは……しないっ」
ヒョードルは腹を少女に蹴られていたが、一切気にもとめずに力を込め続ける。
「あ……う……。」
少女の桜色の顔が緋色に染まりかけた頃、ヒョードルは手を離した。解放された少女の口は、空気を求めて激しく呼吸した。
「さて……利口な犬ならこれ以上抵抗すると、どうなるか分かるもんだがな」
抵抗する気力を奪われた後、少女は男たちに、それこそシミの数まで数えられるほどに、体の隅々まで検分された。
娼館に連れられ僅か一時間も経たないうちに、少女は一切の抵抗する気力を奪われていた。ヒョードルにとって、どうすれば女の心をへし折るかは心得たものだった。
「……で、ヒョードルさん。コイツの名前どうします?」と、少女の体を調べ終わったヒョードルの部下が訊く。
「名前? このあいだ淋病で死んだ女の名前つけとけばいいだろう」と、ヒョードルがめんどくさそうに答える。
「え……じゃあサハウェイですか?」
「ああ、そんな名前だったっけな? じゃあそれだな」
実際には、死んだ女の名前はハサウェイだった。
少女・サハウェイは狭いながらも一人部屋をあてがわれた。
「大事な商品だ。しっかり保管しておかないとな」
ヒョードルはそう言い残し部屋を出ていった。
「……商品」
サハウェイはベッドに倒れると、そう呟いた。
サハウェイは顔を上げて部屋を見渡した。その部屋は新人の娼婦にあてがわれるにしては立派な部屋だった。化粧台があり、ベッドがあり、タンスがあった。外も見える窓もあった。しかし、窓には監獄のように鉄格子があった。
サハウェイは鉄格子から見える青空に手を伸ばした。暗く、冷たい鉄格子の合間から見える
「私は……商品」
白い手が、日光を透かす。
思えば、この肌は彼女の人生に受難しかもたらさなかった。
呪われている、不思議な力をもっているといった偏見は元より、肌や目が日光に弱いため、他の兄弟と同じように農作業や労働で家を支えることができなかった。両親は、意識していなかったのかもしれなかったが、彼女を厄介者と見るようになっていった。
遠くから人買いが彼女の家を訪れた時、果たして両親はその後の彼女の運命を知っていただろうか。提示された高額の金を喜んで受け取っただけだった。
両親の笑顔が彼女に告げていたような気がした。こういう形でしか、お前は親孝行ができないのだと。
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