scene㊶,暴走特急

 東方民族のサラブレッド三頭で牽引される馬車は、手綱ひと振りで雨を弾き闇を切り裂くようなスピードで駆ていった。

「おお、さすが金持ちの馬車は違うね。来るときに使ってたロバとは大違いだっ」

 しかし、追っ手の馬も中々の良馬だったらしく、馬車は次第に追いつかれてきていた。後部の荷台に追っ手の一人が乗り移る。

「手綱を持ってろ」

「僕、運転できないよぉ」

「大丈夫、持ってるだけだ。後は馬が自分で判断する」

 後部の荷台に移り、乗り込んできた追っ手に挑むクロウ。対面するや否や、丹田から声を張り上げ威嚇し、踏み込んで面打ちを繰り出す。男はバスタードソードで受け鍔迫り合いに持ち込む。だがクロウは鍔迫り合いからほんの少し刀を浮かせ、大きく足を開いた体勢から膝を落とし、体全体を沈みこませて男の手首を切り裂いた。

「うぐぅ!」

 手首を切られ怯んだ男に、クロウは膝を落とした状態から引きの見えないほどの素早い三段突きで迫り、男の胸と喉を突いた。男は手首のダメージから、すぐに防御を取ることができなかった。

 ひとりを瞬く間に始末したものの、すぐに仲間たちが次々と乗り込んで来る。先頭の馬を見ると、前にも馬が並んでいた。

(囲まれるのは時間の問題か……。)

 既に三人が馬車に乗り込んでいる。さらに先頭に並んだ馬から、二人の男が乗り移ろうとしている。計5人に囲まれ、この狭い幌馬車の中、マテルを庇いながら戦わなければならなかった。

 次々にバスタードソードで突きを繰り出す三人の男たち。狭い上に密集しているせいで、クロウは牽制するのが精一杯だった。

「マテル!」

 クロウはマテルを呼び寄せた。

「なぁにクロウ?」

「……兎の前足ってのは、幸運のお守りになるらしいな……。」

 マテルがキョトンとした表情でクロウを見る。「どうして今そんなことを聞くの?」

「じゃあ……後ろ足まで全部揃ってるなら、相当な幸運のはずだな」

「クロウ?」

 既に馬車の中は囲まれている。さらに、前からも不安定ながら男たちは乗り込みを終えようとしている。

「取りあえず……お馬さんには謝っとくか」

「え?」

 クロウは刀を馬の尻にブッ刺した。

 馬が悲鳴を上げ前足を上げる。三頭立ての馬車はたちまち不安定になり、馬は転げ、馬車は激しく横転し、山道の横の土手を回転しながら落ちていった。

「うわぁあああああああ!」

 滑り、転げながら土手を落ちる馬車。その間にしがみついていた男たちは振り落とされ、馬車の下敷きになっていった。


 幾度も回転し土手の下まで転げ落ちた馬車の中には、クロウとマテル、そして息絶え絶えの男が一人残されていた。

「う……ぐ……。」

 意識を取り戻したクロウはすぐにマテルを探した。

「マ……マテルッ」

「こ……ここだよぉ」

 見ると、マテルはクロウのシャツの中で胸の谷間に顔をうずめていた。

「く、苦しいよぉ」

 一体、どういう作用でこんな体勢になったのだろうか。クロウはシャツの中からマテルを引きずり出した。

 マテルを脇に置くと、クロウは刀を手に取り生き残った男に迫った。だが、すぐに刀を納刀した。男の脛が、複雑骨折でバックリと開いていたのだ。この怪我では追って来れない。

 クロウは痛む体を引きずりながら、マテルの体を調べ怪我がないのを確認すると、勢いで口にした幸運のお守りが効いたのかと自分ですら驚いた。だがクロウ自身は酷い痛みで頭痛がしていた。何とかマテルを連れて幌馬車から出たものの、クロウは痛みと極度の緊張から気を失って倒れてしまった。

「クロウ、クロウ!」

 マテルの声を聞きながら、クロウの意識は暗闇に落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る