地下室にて

 私のような無頼の人間が役所に用のある場合は二つしかない。レンジャーの登録と刑部(司法を担当する部署)だ。事を起こす前は前者で事を起こした後は後者、もっとも後者には世話になることがないならそれに越したことはないのだが。


 貴族の屋敷程ではないものの、平民が用がある中では一番大きい赤レンガ造りの二階建てのこの役所は、戦後に役割が増えた為に転生勇者の指示で作られたもので、サン・モルガン教会と違い戦後にはよく建てられた型式の四角形を寄せ集めたような建物だった。


 二人の役人、バンクスとロバートはその正面で雑用夫に馬を任せ、私を前後で挟むように建物内へと連行する。

 正面玄関の石造りの階段を上る前にバンクスはサマンサに言う。「もしかして役所の中までついてくる、というわけではありませんよね、シスター?」

 サマンサは微笑んで首を振る。「いいえ。神の仕事は神に、人の仕事は人に、貴方がたもご存知のとおりです」

 恐らく、聖典の引用だったのだろうがバンクスはそれがいまいち理解できずに頷いた。


「ところで、私は何の咎で連れて行かれるんだろう?」と私が言う。

「さっきも言っただろう。いくつかあるんで、ひとつひとつ確認すると」とバンクスが答える。

「ひとつくらい教えてくれてもいいじゃないか?」

「……無許可での仕事だ」

「おいおい、モグリのレンジャーが一体この領地だけでも何人いると思ってるんだ?そんなことでいちいちしょっぴいてたら役人の数が足りないだろう?私が言いたいのは、しょっぴいてるかって話なんだがね」

「自意識過剰だな、お前。男がいつだってお前を探してうろついているとでも思ってるのか?」

「困ったことに、そういう男が私の周りにはいっぱいいてね」

 バンクスはふん、と嗤うと敢えて無視するように歩き出した。

 私は眉間を釣り上げて呆れたようにサマンサに言う。「これだものな、男というのは窮するとすぐに黙ってしまう」

 サマンサも片眉を釣り上げた。

「いい加減黙って歩けっ」


 私は役所の中を連行された。刑部の受付では、昼間から酔っ払ってひどい訛りで何を言っているか分からない男が受付の初老の役人を困らせていた。酔っぱらいだからといって捕まるということはない。服が破けて泥に汚れているから、その勢いで何かをやらかしたのだろう。

 てっきり私も受付で待たされると思いきや、特別待遇でそのまま奥の階段を降り、ロバートの言うように地下室まで案内された。壁のロウソクが辛うじて足元を照らす石階段を降りると、突き当たりにはいかにもといった感じのもったいぶった鉄製の扉があり、その扉をロバートが開けるとそこは平面な作りをベースにした外見とは裏腹に、サン・モルガン教会のように薄暗い石壁に囲まれた正方形の息苦しい空間になっていた。私の鼻が、室内に染み付いた血の臭いを嗅ぎ取った。


 部屋の中央ではバンクスよりも歳をとった油臭い男がウォルナット材の机の前に腰掛けていた。かつては筋肉質だったのだろうが、その上にオーガが喰ったら胸焼けを起こしてゲロを吐いてしまいそうな粗悪な脂がたっぷり乗っていて、瞳は凍った水たまりのように灰色に濁っていた。刑部で長年鍛えられた男の顔だ。街で自分を一瞥した奴がいたら何かやましいことがあるに違いないとぶん殴って自白させ、腰に得物をさしてる小汚い男がいたらしょっぴいて罪を作って牢にぶち込んで手柄を立て、ブラック・ジャック(棍棒の一種)のひと振りで世界の秩序が保っていると思っている類の。そんなヤクザまがいの役人というのは世界中のどこにでも一人はいるし、そいつらはそれが慈善事業だとすら考えている。


「随分とお早い帰りだな。をしろと言ったはずだが?」

 男は爪の汚れを確認しながら言う。少し汚れていたのか、爪の間を爪でえぐってそのカスを指で弾いた。

「あの、ダノン部長。それが、邪魔が入ったと申しますか……。」

してやってそのざまか?」と、ダノンがバンクスの言葉を遮った。誰になんと言われようと、決めた台詞しか話す気がないのだ。

「恐れ入りますが部長。この女、中々の食わせ物です」

 ロバートが口を開いた。だがダノンは何も言わない。

「我々を挑発して危害を加えさせ、他の者の目を引いてこちらの仕事をやりにくくしたのです。甘く見ていると手こずります」

 ダノンはロバートではなくバンクスを向いて言う。「この青びょうたんは誰だ?」

 だがバンクスは答えられない。

「何だお前は? 見たことがないな、新入りの掃除夫か?」

「あの、その……。」ダノンに質問されるが、ロバートは酔って帰宅した父親になじられる子供のように言葉を選べなかった。

 ダノンは一言一言区切るように言う。「俺はお前なんぞ知らん。言うことはなおさらだ」

 ロバートはうつむいて何も言えなくなってしまった。

「役立たずの姿など見えん。認識もしたくない。俺の目に留まりたかったら仕事のひとつでも覚えろ。でなきゃあ俺はお前を記憶の隅にすら留めんぞ」

 ただでさえ息苦しい室内が、ダノンのせいでより一層窮屈になる。だんだんとコイツらが可哀想になってきた。


「ところで、コイツはどうして縛られてすらいないんだ?お前らあやとりの方すら忘れたのか?」

 ロバートがまた口を開いて申し開きをしようとしたので、急いでバンクスは私の手を回し手首を縛った。それが賢明だ。確かに、ロビンはこの男の部下をやるにはウブすぎる。

 私を縛り終えると、ダノンは座らせるように目配せをする。私は机を挟んでダノンと対面した。机は端が欠け丸くなり、表面も強い衝撃で擦り切れ、その上からニスでコーティングをし直されていた。所々に血のシミも見える。多くの容疑者がこの上に押し倒され背中を棍棒で殴られた光景がありありと浮かぶ。


 ダノンは何も言わずにまじまじと私を見ていた。私に興味があるのではない、ご自慢の威圧感で相手がまいってしまうのを待っているのだ。

「どうして何も言わない?」だがしびれを切らせたのはダノンの方だった。

「どうせ私から話したって、お前さんは“誰がお前に発言を求めた?”とか言うんだろ」

 ダノンは私を気に入らなさそうに見ると、ブリキのカップにガラスの水差しで水を注いだ。

「飲むか?」

 私は肩をすくめて言う。「この手じゃあ無理だ」

 ダノンは私の顔に水を叩きつけた。

「遠慮するな」

「助かるよ。喉がカラカラだったし、そのうえ肌まで潤わせてもらうなんて」私は水を顔面から滴らせながら言う。

 ダノンはバンクスを見て嘲笑う。「タフぶってやがるぜこの女」そして私を見て言った。「だがなお前、質問があれば言っとけ。聞いてやれるのも今のうちだぞ?いずれ石壁しかお話する相手がいなくなるんだ」

 私は首を傾けて言う。「さっきからその漫才コンビには訊いてるんだがね、私は何の罪で捕まってるんだろうか?」

「……不正な許可証の使用だ」

 私は思わず吹き出して笑った。

「何がおかしい?」

「二つある。私は期限切れの許可証を持っていただけだ。何があったか分からないが、しばらくここを離れてたんで無効になったことを知らなかった。だがそれを捨てなきゃあいけないという法もない。引退したレンジャーが記念に持ってたりもするだろう?別に仕事をしてたわけじゃないんだ」

「ただ持っていただけだと?」ダノンが強めに鼻で笑う。「それが通用するとでも?期限の切れた紙を持ってる奴なんざぁロクでもないことを企んでいるに決まってるんだ。偽札しかり許可証しかりな」

「お前さんだって期限の切れたさん持ってるじゃないか」私は肩をすくめて言う。「何か企んでいるのかい?」

 バンクスが吹き出した。直ぐに咳払いに変えて誤魔化したが、ダノンはそれを厳しく睨んだ。

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