侯爵令嬢はどこに消えた
ダニエルズ領から戻ると私はヘルメス侯の屋敷の周辺で聞き込みを始めた。屋敷周辺の商店でロランと思しきエルフが、失踪の前後で目撃されていないかどうか聞いてみるものの、あれほど目立つ彼を見たものは全くいなかった。私との旅で身の隠し方を覚えたのならそれでもいいのだが。
町の住人の聞き込みで収穫がなかったので、次は屋敷に張り付いて使用人たちを待ち伏せした。突然知らない人間に声をかけるわけにもいかないので、辛抱強く知った顔を待つ。
正午前に、見覚えのある使用人が屋敷から出てきたのでさりげなく声をかけた。
「お久しぶりです」
私が声をかけるために待っていたのは、衣装部屋で世話になった侍女、セーラだった。
「あら、お久しぶりです。その節はどうも」セーラは相変わらずの上品な、大きすぎない声で笑いながら応える。だが以前あった時よりも、少し痩せたようだ。頬がすっきりしている。
「ええ、ご無沙汰しておりました。お買い物でしょうか?」
「そうですのよ。これから商店街に行ってお茶を選びに行きますの」
「おや、ちょうど良かった。私も実はあの日いただいたお茶が忘れられずに探し続けていたところだったんです。もしよろしければ、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「まぁそうでしたか。そうですわねぇ、あの時はタイミング悪くお渡しするのを忘れてしまいましたから」セーラは驚きと笑いを交えた表情で口を上品に押さえた。
私はセーラについて商店街まで足を運んだ。そこで東方民族の商人から茶葉を購入し、近くのカフェに彼女を誘う。屋敷の使用人を誘うにはみすぼらしかったが、セーラは平民の自分はこういうところの方が安心すると、心苦しい気遣いで微笑んでくれた。
「助かりましたよ。名前が分からず、あの日以来、ずっと商店街をさまよっていましたから」
私はコーヒーを頼み、ごく普通の談笑をするように切り出す。
「そんなに気に入っていただけるなんて、私もお出しした甲斐があったというものですわ」彼女はココアのカップに口を近づけ、唇をすぼめて息を吹きかけそれを冷ました。
「しかし果たしてあの時出していただいた様に上手く淹れられるかどうか……。やはり水も仕入れ直さなければならないでしょうし」
「ですわねぇ……。お屋敷ではお茶用の水を業者の方に持ってきていただいておりますから。お屋敷で使っているのは北方の雪解け水ですのよ」
「感服します。気を使うといっても、私などにはとてもそこまでは……。」私は大げさに感心しながら首を振る。セーラは心地よさそうに笑ってくれた。
「……ところで、あれ以来どうです? お屋敷の方は」
「ええ……何と申しますか、色々大変なことが続きまして……。」セーラの目が少し泳いだ。
「そういえば、風の噂で聞きました。長いことイヴ様が戻られていないと」
「え、ええ。そうですわね」
「心配です。一度は旅をした中ですから。やはりヘルメス侯は捜索などをなさっているのでしょうか?」
「……私はただの一使用人でございますから……。そこのところはなんとも……。」セーラは居心地が悪そうに、カップの取っ手を指先でなぞった。
「そういえば、ディオール様が亡くなられたと」
「……はい」これに関しては、消沈した様子だが気まずい様子ではなかった。
「葬儀はどちらで? なに、これも彼に関わった身ですから墓前に祈りでも捧げようと」
「そうですの。ディオール様の葬儀は最寄りのサン・モルガン教会で執り行われましたが、お墓は以前いらした霊廟に……。」
一ヶ月前に、ロランが宿無しの子供の遺体を連れて行った教会か……。
「なるほど、では改めてそちらに伺いましょう。そういえば、ロルフ様も病床から回復なされたと……。」
「え、ええ……。」セーラは不自然な笑顔を浮かべる。「申し訳ありませんが、用事を思い出しましたわ。お屋敷でのお仕事が残っておりますの」
ココアに一口くちを付けただけで、セーラは立ち上がった。
「純粋に彼女のことが気がかりなのです。何か覚えがあれば……。」
「失礼しますっ」
彼女は50セル硬貨をテーブルに置いて出ていってしまった。
私は荒い口当たりのコーヒーを飲みながら考える。セーラのあの態度、ロランに関して語るのを禁じているのか禁じられているのか……。ロランの失踪、ディオールの死、ロルフの覚醒、一連の出来事をどうやって調べ始めればいいものか。調べるべきはロランの失踪だが、調べやすいのはディオールの死だ。
私もコーヒーにはほとんど口をつけずに席を立った。ささくれだった香りが胃にまで刺さりそうな粗悪なコーヒーだった。
そして私が店を出るのと同時に、私たちのすぐ後に入店した二人の男が席を立った。
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