転生者とは

 魔女が奥の部屋から蝶々の口のような鉄製の針と金属のボウル、そして注ぎ口のないティーポットのような入れ物を持ってきてテーブルの上にそれを並べた。

 ロランの腕の付け根をゴム紐で巻き腕の血管が浮き出てくると、そこに魔女が針を刺した。ロランが少し恐怖していたので、血を抜く間、私はもう片方の手を母親のように握って安心させていた。10分ほどで針は抜かれ、魔女はボウルに溜まった血を入れ物に移し変えた。


「ね、簡単だったでしょう?」魔女は妖しさを誤魔化せないものの、優しくロランに微笑みかけた。

「え、ええ。まぁ……。」そうは言ったものの、ロランは虫刺されのような針で付いた傷口を心配そうに見ていた。


 次に魔女はすり鉢に数種類の薬草を放り込み、でそれを潰して、半分液状になったものをロランの腕の傷口に塗りこみ湿布でそこを押さえた。ロランが不安げに腕を動かし傷口の様子を確かめる。


「よし、差し出すものは差し出したし、次はこちらの要望を聞いてもらおうか?」

「もちろん。人探しだったわよね?その人の持ち物はあるのかしら?」

「ちょうどよかった、ロラン」

「え? 何のことだい?」

「とぼけてるのか? お前さん、館から本を持ってきてただろう?」

「あ、ああ。あの本か。本で、いいんですか?」ロランの目が泳いでいた。

「ええ、持ち物であれば」魔女が言う。

「だそうだ」

「どうだったかな、それが……川で流されたかも……。」

 私は思わずロランを睨んで彼の側に置いてあった鞄をひったくって中から本を取り出した。ロランが、あっと声を上げる。

「何を躊躇してるんだ?」

「クロウ、あまり彼の持ち物を部外者に見せたくないんだ」

「そういう場合でもないだろう?」私は本を魔女に渡した。

「これは……」魔女が本を手に取りながら言う。

「どうした?」

「なんでもないわ。じゃあ道具を持ってくるから待ってて」

 そう言うと魔女は階段を上がって行った。


 落ち着きの無いロランに言う。「そんなに大事なものなのか?」

「彼の本は本当は門外不出なんだ。特に彼女は、魔法を使うという点では余計に……。」

「だが言ったように、そういう言う場合じゃない」

「分かってるよ……。」


 少し待つと、魔女が占い用の道具を持って下りてきた。最初は羅針盤らしんばんかと思われたが、テーブルの上に置かれたそれは羅針盤よりもさらに多くの針と複雑な文字が刻まれていた。針の先には人の顔のついた太陽や月、妙な形の魚や動物を模したものが付いている。魔女の道具というのは洒落のつもりでそうなっているのか必要があってそうなっているのか、まったく分からないものばかりだ。


「あなたがかけられたインキュバスの呪いを解くよりは簡単ね」魔女が道具を配置しながら意味深に私を見る。「あの時は酷かったものねぇ……」

「あの時ほど雑種であることに感謝したことは無いね。そうでなければ、今頃大家族の肝っ玉母さんになっていたよ」

「インキュバスというのは?」ロランが興味深そうに私たちを見る。

「女の過去をつつきまわすもんじゃない。始めてくれ」


 魔女がロランに微笑んでから占いを始めた。まじないを呟きながら老賢者の本を撫でさし、そして羅針盤のようなものの針を指で弾いて回す。それを何度も繰り返していくと、次に魔女は一緒に持って下りてきた水晶玉の中に何かが見えるのか、注意深くそれを覗き始めた。


「地図はあるかしら?」

 私は鞄から地図を取り出し魔女の前で広げる。

「ここから大体距離としては……」魔女は鉛筆を取り出して、自分たちのいるところを中心に軽く円をなぞった。

「そして方角としては……」次に彼女は北北西の位置に印をつける。馬車で二日かかる距離だ。


「ここに山岳部があるでしょう? 彼の気を追う限り、大まかな位置はそこね。そして見える限りだと……ほこらにいるみたいだわ」

「祠……。」ロランが呟く。

「知ってるのかね?」

「うん……もう長年使われていない聖地の一つだよ。それこそ戦前から……。しかもそこはただの祠じゃない、霊廟れいびょうだよ。ということはやっぱり──」

「エルフは本来、老いて死ぬということは無いわ」魔女が割って入るように言う。「エルフが死を迎えるというのは、自分の人生で役目が終わったと思う時か……それか絶望した時だけ」

「つまり……」私が言う。

「彼は絶望しているのかも知れないわね」

 三人ともお互いに次の言葉を待ち、しばらく沈黙が流れた。


「お前さん何か知らないのか? ラクタリスでも塞ぎ込んでいたというのは聞いたが」

「うん……あくまで聞いた話だけど、老賢者は転生者をこの世界に呼び寄せた一人らしいんだ……。」

「ほう……。」なるほど、その爺さんが。

「おかげで戦争は終わったはずなんだけど、前も言ったように何故か彼はそれ以来塞ぎ込むようになってしまって……。」

の出現はこの世界の転生者に対する見方を一変させたものねぇ」魔女が私を意識しながら言う。私も視界のほんの端に彼女を見る。「これまでにも転生者は何度か現れたわ。そしてその度にこの世界に様々な恩恵をもたらした。でも、彼はこの世界を大きく変えたの。変え過ぎたといったほうがいいかもしれないわね。最近じゃあ転生者が現れる前に世界を戻そうって動いてる組織もあるみたいよ」


「彼らは何者なんだ?」と私が言う。

「さぁ、私は彼らに興味が無いから。ただ一ついえるのは、私たちとは別のことわりを持つ世界から来たということだけ。そして彼らには共通点があるの。その別の理の祝福を受けた特別な力といったらいいかしら」

「特別な力?」

「特に共通しているのは強運ね。そして魅了、誰もが彼らに惹かれずにはいられない」

「あまりピンとこないな。それで何ができるというんだ?」私はロランに同意を求めるように言う。

「馬鹿にできないわよ? どんな敵対者でも彼らを無視することは出来ないんだから。そしてラーニングにリセット……。」

「リセット?」また聞き慣れない言葉だ。

「私もよく分からないんだけど、その加護のおかげで彼らは滅びることが無いらしいの」

「それはつまり……奴らは不死っていうことか?」

「違うわ。死ぬのだけれど、滅びないってこと」魔女は困惑している私とロランを見る。「私も簡単に書物を読んだ程度だから分からないの。ただそう言われているだけ。ああ、そうだわぁ……」魔女は私を横目に見ながら意味深に微笑んだ。「これも忘れちゃいけないわね。。けれど、これは言う必要が無かったかしら?」

 私はまっすぐに魔女を見る。「ああ、必要は無いな」

 ロランが気まずい様子なのが視線をやらなくても感じられた。

「気を悪くしないでクロウ。それはつまり、あなたももしかしたら彼らの特性を引き継いでいるかもしれないということよ」

「フォローには……なってないね」

 魔女は「そう」と言って、私ではなく輪に入れていないロランに微笑んだ。


「ああそういえば道中で出くわしたゴブリンたちが妙な武器を使っていたんだが、それも別の理とやらなんだろうか?」私はロランを見ながら言った。「ロランが言うには、勇者と関係あるらしいんだが」

「妙な武器?」

「火を噴く錠前だよ。危うく殺されるところだった」


魔女は少し考えるようにしばらく目をそらしてから言った。「『転生者殺し』の話は?」

「噂には、魅力的な名前だね」

「『転生者の遺産』とも言われているわ。それを使えば、転生者の祝福を断ち切って彼らを滅ぼすことができるのだとか……。」

「なるほど……。」

「ただ、あくまで同じ仕組みと言うわけではなく同じ理を持つ武器、つまりは転生者の世界から持ち込まれた武器を指す様ね。私も現物は見たことは無いし、実際それが本物なのかは……それこそ転生者に使って見ないと分からないんだけれど……。」


「あれの真贋しんがんはともかく、厄介な武器なのには変わりないようだ。また出くわさないように祈るしかないな。そうだ、婆さ……何て呼べばいい?」

「ソニアって名前があるわね」ニコリと魔女が笑う。

「ソニア、毒を売ってくれないか? 一口飲んですぐに逝けるような即効性の毒を」

 ソニアの口は笑顔のままだったが、瞳は大きく見開かれていた。


「あなたに自殺願望があったとはね」

 薬の調合を終えたソニアが煙管きせるを咥えて奥の部屋から出てきた。手には毒薬の入ったペンダント型のピルケースが二つある。

「誤解しないでくれ。ゴブリンにとっ捕まった時の切り札さ。お前さんだって奴らの残虐さは知ってるだろう」私はそれを受け取りロランに渡す。

 ペンダントをまじまじと見つめるロランに言う。「言ったろ? 覚悟を見せてもらうって」

「あ、ああ。そうだね」

「死が二人を別つまで、の真逆だな。試練をこなしてお互い生き延びられたら、このアクセサリーを捨てることができる」

「妙な関係だ……。」


 翌朝、私たちは彼女の館を後にした。

「人探し程度で坊やの血は貰い過ぎだからおまけを渡しとくわね」キセルをふかしながらソニアが世辞を言う。「毒を使わずに済むことを祈ってるわ」

「神に背いた身だろう?」

「言葉のよ」

「だろうね」

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