イヴ・ヘルメス⑥
どれくらい経っただろうか、心が死んでいたイヴにとって数分間のことが数百年にも思えた。樽の蓋が開けられた時、彼は発掘された遺物のようであった。光が差し込んだ事にさえ、しばらく気づかなかったほどだ。
「……イヴ、来たんだな」
声をかけられ、ようやくイヴは樽の外を見上げた。そこにはランプで照らされた兄妹の顔があった。
「え? イヴ様? 嘘でしょ!?」
さらに聞き覚えのある声が耳に入ってきたことで自分がどこにいるかを思い出したようだが、それでも彼女は外に出ることができなかった。
おそらく簡単には出てこないだろうと思ったロルフは、樽を強引に押し倒して中にいるイヴを外に追い出した。倒された酒樽の酒のように飛び出たイヴは、さながら卵から出てきた生き物が、生まれて初めて何かを見たというような顔をしていた。そんなウブな表情を見て男たちは大笑いをする。
「ロルフ様、どういうことですか? どうしてイヴ様が!?」
「うるさいな、お前は黙ってろ」
ロルフは倒れ込んでいるイヴに合わせ身を屈めて話しかける。「イヴ、見たか?」
しかしイヴは答えない。
「見たんだよな。だってずっとここにいたんだからさ」
イヴは目をそらす。
「こんな……あんまりですロルフ様」イヴを意識したその声は、よく知った幼馴染のものに戻っていた。
「だからお前は黙ってろと言ってるんだ!」
いつもの彼女だったら、タバサに対して横柄な口を叩く兄妹を許しはしなかっただろう。だが、幼馴染はもうすでに彼女にとっての幼馴染ではなくなっていた。その中に別のものを潜ませた、見ず知らずの他人になりかけていた。
「なぁ見たんだろ? どうだった? なぁ?」流石にやりすぎていると思ったのか、ロルフは罪悪感を押さえつけているために情緒不安定にまくし立てる。「ふしだらな女じゃない? どうだよ? 見なかったのか? 自分から腰振って娼婦のような声を上げていただろこの女はぁ! なぁどうだ!? これでもまだお前はまだこの女に純潔を見るか!?」
「タバサ……」イヴはロルフではなく、タバサを見て言う。タバサは耐え切れずに目を背ける。
「どうしてこんなことを……どうしてこんな!」
「……イヴ様、その、大げさに考えすぎですよ? ただの、ほら、日頃の発散と申しますか……。」
「こんなことをしていいと思っているのか君は?」
「大丈夫ですよ、イヴ様。エルフと人間なら……間違っても孕むことなどありませんわ」笑顔だったが激しくタバサの目は泳いでいた。
「そ、そういう問題じゃないだろう? こんなどこの馬の骨とも分からない奴らと……」何とか人を非難することでイヴは調子を取り戻そうとする。
「おいおい、馬の骨とは随分な言い方じゃないか? 一応、ちゃんとしたところの奴らだぞ」ロルフが言う。
「一応は余計だろロルフ」赤毛の男が笑った。
「うるさい黙れ! 大体君たちはこの屋敷に入るのに許可はとったのか? 人を呼ぶぞ!」
イヴのその言葉で男たちの目が座った。余裕のなさが今にも攻撃に転じそうな目だった。イヴは自分の発言が少し迂闊だったことに気づく。
「いや、その……ロルフの友人かもしれないがこんな時間だ、お引き取り願おう」
急に大人しい口調になったイブに三人とも笑うが、やはりまだ根底には冷えた感情が残っていた。
「ロルフ、取りあえずこの場をおさめるんだ。後日この事はお父様に報告するからな?」
しかし、その言葉には小屋にいる誰もが反応しなかった。彼らが反応したのは、ロルフの目配せだった。
「……おい?」
男たちが一斉に飛びかかった。
たとえ剣術や護身術に優れていようとも、突然の実戦でしかも狭い室内で多人数という圧倒的な不利の中で、イヴは簡単に組み伏せられてしまった。関節を極めようと体勢を変えて試みたものの、特に黒い肌の男とは体重の差が大きくロルフと同じようにはいかなかった。
「おい、どういうつもりだ!」
イヴが気位だけは失わないよう声を上げる。遠くで、ちょっとロルフ様……とタバサの困惑する声が聞こえた。
「困るんだよイヴ、それは困るんだ」頭を掻きながらロルフが言う。「この事を父上に告げ口するなんてな、皆不幸になるんだぞ? お前も含めてな」
「何を言ってるんだ!? どうしてぼくが困るんだ!」
「それは……。」ロルフがイヴを押さえつけている三人を見る。
「お前も今日から俺達の仲間だからさ」
男たちが一斉に、イヴの衣服を脱がすどころか、乱暴に引き裂く勢いで脱がし始めた。必死に抵抗するものの、すでに三人に組み敷かれた状態からの劣勢を覆すことは到底不可能だった。
数々の飛び交う罵詈雑言、流石に殴ることは憚られたのか、男たちは何とかイヴの体を傷つけないよう服を脱がしていく。イヴのさらしが外され胸が露わになると、赤毛の男が「たまんねぇ!」と歓声を上げた。
「お願いです、おやめくださいロルフ様!」
「黙っていろというのが分からんか! 何度も言わせるな!」
すがって来た侍女をロルフが押し倒す。
「ロルフ貴様!」
「ナイトぶっている余裕なんてあるのかプリンセス?」黒肌の男が最後に残されたズボンに手をかけていた。
「や、やめろ!」
男は思い切りイヴのズボンを引っペがし、イヴの体は何も身につけていない状態になった。せめて局部は見えないようにと足を交差させ、無理やり広げられそうになれば蹴って精一杯の抵抗を試みる。女といえ足の力を御するのは難しく、黒肌の男は何度もイヴの蹴りを体に食らっていた。
「何をする気だ! ロルフ冗談はやめろ!」
「なあイヴ、お前もいい加減女になれよ?」
「何? 何を言って……。」全て言わずとも分かった。そしてそのおぞましい兄妹の発想にイヴは絶望する。「お前、正気か?」
「さっきタバサも言ってたろう? エルフと人間なら万が一にでも孕むことはないってな。まぁ、お前が仮に転生者とかなら別だろうがな」ロルフはイヴに近づき頭を優しく叩いて言う。「お前がいつまでたっても自覚を持たんのなら、俺がお前を女にしてやる」
イヴが咆吼した。男たちは慌てて枕を顔に押し付け声が響かないようにする。死に物狂いで暴れるイヴを大人しくさせるためにロルフが目配せすると、少し躊躇した後に赤毛の男がイヴのみぞおちに拳をめり込ませた。力の弱まったイヴの足首が掴まれ、強引に股が開かれた。
絶望の一歩手前、イヴは屠殺前の鶏のような鬼気迫る抵抗をする。目は大きく開かれてはいたが、しかし物を見ることを拒んだ瞳のせいで開かれた
あと数分もない、数秒でイヴの体上の貞操は奪われる寸前だった。蚊帳の外のタバサは、もう見ないどころか体を背け嵐が去るのを待っていた。
「なぁ、さすがにこれじゃああんまりだよな?」
赤毛の男があとほんの少しで挿入し終える寸前で、ロルフが言った。男たちは動きを止めた。
ロルフは兄妹の顔を上から覗くと、頬をペシペシと叩いて言う。「俺だってこんなのは見てられない。嘘じゃないぞ?」
イヴは無言で眉間に皺を寄せ反応する。
「だからな、兄妹? 選ばせてやるよ。お前がお前の選択で女になるんだ」
それでもやはりイヴは兄妹の言っている意味が分からなかった。細かに激しく呼吸しながらロルフの顔を凝視する。
「哀願しろ。女みたいにな」
イヴはロルフを睨んだ。しかしロルフは余裕の笑顔で迎える。
「そしたら、コイツらを引っ込める」
イヴは何も言わない。しばらく兄妹を眺めたあとロルフは赤毛の男にやれ、と言いかける。
「やめてくれ……。」
ロルフは嬉しそうに驚いた。「イヴ、そうじゃないだろ? 俺はお前に女みたいに哀願しろと言ったんだ。か弱い女が、男に許しを乞う様にな」
「やめ……て」
首を傾け、それじゃあダメだと言いたげにロルフが微笑む。
「お願い、やめて……ロルフ」
声は、屈辱で震えていた。
「様になってきたじゃあないか。もっと大きな声で言うんだ」
息を大きく吸い込み、声と一緒に唇を震わせながらイヴが言った。「お願い、許してロルフ。お願い……。」
「じゃあ次は、こいつらにもな」ロルフが人間の男たちを一瞥する。
部外者の男達には別に何の意味も持たない行為だった。イヴはそんな彼らを一瞬見たが、すぐに目を閉じて歯を食いしばってから言う。
「お願いです。……許してください」
もう、すでに男たちは冷めていた。お互いに気まずそうに目を合わせて次の行動を探り合う。
「そうだよ、そうやればいいんだよ」ロルフは満足気に言う。「お前は女なんだからな。……すまないな、お前ら。こいつは俺の兄妹なんだ。
今更威厳を持ったようにロランはイヴを解放するように求める。その調子の良い変貌ぶりにイヴを抑えている男たちは苦笑いを隠せなかった。
「なあイヴ、今の感覚忘れるな? 婚姻までにきちんと淑女のマナーを身につけておけよ? 父上を安心させてやれ」
ロルフに促され男たちは物置小屋を出て行った。小屋にはイヴとタバサが残された。気の早い雄鶏が鳴き声がする。もうすぐ夜が明けるのだろう。早朝の冷たい空気が、小屋の中にも流れ込んできた。タバサがイヴ様、と呼ぶ声がした。近くにいたのだろうが、イヴには遠くのものだった。体を丸め夜が完全に開けるまで、彼女は体を屈辱と怒りに震わせ続けた。
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