第982話:チアラ・モラニア~神殿~

「やまないなぁ」

 村近くの神殿の掃除をしに来て、雨に降られてしまった。

 ここに住んでいるという神様は魔法や機械が嫌いということで、携帯端末デバイスも持ってきていない。

「傘ぐらい持ってこればよかったなぁ」

 普段から携帯端末デバイスに入っている傘を使ってるから普通の傘なんて持ってないのだけども。

「はぁ」なんて、ため息をついていると後ろから、

「おい、娘」

 呼びかけられた。

 掃除している時には誰とも会わなかったんだけど、誰かいたらしい。

 それとも、雨が降ってきたので雨宿りをしに来たのかもしれない。

「帰らんのか?」

 そんな問いかけとともにあらわれたのは、あまり見ない雰囲気で長髪の男性。

「雨なので。傘も持ってないですし」

「ああ、雨か……」

 なんだか、雨宿りに来たにしては様子がおかしい。

 雨に気づいていなかったという感じ。

「もしかして、神様ですか?」

「ん、いかにも」

 ああ、これがこの神殿に祀られている神様なのか。結構長いこと掃除はしに来ていたけど、初めて会った。

「そうだ、神様なら雨やませてくださいよ」

「無理だ、この世界は余の預かる世ではないからな」

「えぇ、神様なのに?」

「以前いた世界であれば、すべてが自由自在というものだったが、時代が移り変わるとともにこちらの世界へ来てしまってな。ようやくこの社を余の場とできているという程度だ、自由になるのはこの社の中のことだけよ」

 なんだかんだ、雨を止ませることはできないらしい。

「雨を止ませることはできぬが、退屈を紛らわす話ぐらいはしてやろう。余もたまには外の話を聞きたい。茶くらいなら出せる」

 戸を開けて中へと入る。

「え、茶葉の在庫なんてなかったはず……」

 掃除をしたときに棚の中まで隈なく確認したのだから間違いない。

 茶器はあっても、茶葉はない。

「ここは余の場だ、この中であれば自由自在よ」

 そう言って棚から出して来た急須にはすでに茶が湧いており、湯飲みにも注がれていた。

「そうだ、その方法で傘は出せないの?」

「外に出れば消えてしまう物しか出せぬ、この茶もあくまでこの場でのみのこと。温まってもここを出ればすぐに身は冷える」

「なるほど……」


 その後、しばらく話を続けていたものだが、雨の音が止まない。

「雨、長いなぁ……」

「そうすぐに止むものでもあるまい、まだ話は数多あるぞ?」

「ちょっと雲の様子見てくる」

「まて、」

 神様の静止を気にせず、外に出る。

「あれ?」

 しかし雨の音は聞こえず、空はすでに晴れていた。

「まぁ、なんだ。もう少しいたらどうだ? 腹も減ったろう?」

 私は振り向くことなく走り出した、二度と神殿には行かず、その後神様がどうなったのかは知らない。

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