第720話:ロゥ-フェシ〜フードファイト〜

 信じられない光景を見ている。

 今俺の隣で無限蕎麦を啜っているこの女、一度も咀嚼していない。

 どんぶりから途切れずにずるずると無限の長さがある蕎麦が、口の中に消えていくが噛んだりする様子はないし、頬が膨らむこともなく、ただただ、口の中に蕎麦が吸い込まれて行く。

 まるで口の中に異空間でもあるかのような食べ方だ。

 無表情で、恐ろしい勢いで、箸を上下させることも無く、そもそも手を膝の上に置いたまま、ぞごごごごごという音が聞こえてきそうな、そんな気迫さえも感じられる。


 いやいや、隣におののいている場合ではない。

 今はフードファイトの真っ最中なのだ。

 無限蕎麦をどれだけ食べられるのかという、時間無制限、席を立ったら即終了というルールでの試合。

 少しぐらいのストップは大した痛手では無いが、隣の勢いにビビったのは確かだ。

 周りを見れば俺と同様に手が止まっている奴が二人、一心不乱に箸を動かしてほほを膨らませている奴が一人、まぁ、そんなもんかと、目の前の蕎麦を食べ始める。




 うう、だいぶ食べたはずだ……

 もうそろそろ苦しくなってきたから少し休憩、席を立たなければ寝てもいいし、何をしていてもいい。

 そういえば、隣の奴はどうなったか、途中から見ている余裕がなくなって、ほぼ忘れていた。

 休憩がてらと横を見ると、先ほどと変わらない勢いで蕎麦が口に吸い込まれていた。

 あれからノンストップで蕎麦を吸い込んでいたとなると、とんでもない記録を出していることになるが……




 結局限界が来て、それから10クロン程食べたところで俺はリタイアしたが、何日経ってもその大会が終わったという連絡はなかった。

 彼女はまだ蕎麦を吸い込み続けているのだろうか……

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