第547話:トカガ・マルナ~逃避~

 死んだ。

 私は自分で死んだ。

 誤算だったのは死後世界があったこと、生きるのが嫌で死んだのに生き続けることを強制されたようで軽く絶望した。

 すぐにそれは杞憂だったということに気が付いたのだが。

 この世界に来て、まだ少ししか経っていないがこの世界では一人でも何の不自由なく生活できるし、前世のしがらみとも無縁だ。


 前世の知人と会うことはない、あれらはすでに切り捨てた過去だし、たぶん。

 たぶん、近い人はまだ誰もこの世界へは来ていないだろう。

 本当にいい世界だ。

 きっと彼らがこの世界に来る頃には私は大人になっていて、彼らは子供からスタートだ。

 それならたぶん怖くない。




 死にたくなってきた。

 前世のしがらみなんてなくても、この世界で生まれるしがらみがある。

 どうやら私は、人との間で生活するというのは不可能らしい。

 一人でこの世界で生きていくというのは確かに不可能じゃないけど、一人でも生きていけるかどうかっていうのは個人の話であって、私がそういう人ではなかったという話。

 気付いたら責任とか、そういうのを無限に背負わされて苦しく生きる死ぬかという選択を迫られるような状況に追いやられていた。

 私はどんな世界でも社会不適合者になる程度の能力しかないらしい。

 さて、死ぬか。



 自殺をしようとして塔に上ったのだけど、案外塔を上るのに時間がかかって、しかもいい感じに景色がきれいだったので少し考え直した。

 塔の上から見た景色は街の外までよく見えて、知っている世界よりもはるかに広い世界が広がっていて、つまりは、さっさと逃げて別の街で新しい生活をしたらいいじゃないかと、まぁそういう気分になった。

 たぶん、塔を上った疲労がいい感じの方向にやる気を促したんだろう。




 逃げ出した新生活の先、新たな部屋の壁に一つの言葉を張ることにした。

【迷ったらリセット!】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る