第358話:ベティ・ミニアン〜自然脱却の象徴〜
斧を振るう。
ただ、棒の先端に重い鉄の刃を接続しただけのそれは、たたきつけられた丸太をカコンと軽い音を立てて半分にする。
斧で丸太を割っているのが趣味というわけではないが、斧を振るっていると気持ちがいい。
竈の薪を作るだけならそれ用の機械を使えばいいし、気分がノらないときは使っている。もっと言ってしまえば竈なんて使わないときもある。
生前は斧で薪を割り、竈に火を入れ、飯を作るのが当たり前だったのだが、この世界に来て触れた文明はそれを全て過去のものとしていた。
私よりも先にこの世界に来ていた斧の振り方を教えてくれた恩師は「斧は過去を示す碑となり遥かな時間が経った」などと言っていた。
自然の中で生活していた時の彼はもうどこにもおらず、今でも交流はあるが生前とは違う付き合いの形になっている。
ああ、「自然の中で」なんてあの頃のことを表現することになるなんて思わなかった。
私たちの世界では炎と鉄は文明だった、人は炎を得ることで鉄を得て自然の世界から脱したのだとされていた。
しかしこの世界に来て、炎を得ても自然の内で、その先にある電気を得てもそれはまだ自然の内で、さらにその先、その先を得ても自然の中で生きていた頃と表現することがあることを知った。
どこまで行っても文明は自然という枠の中にあるもので、どの世界にもいるらしい自然への回帰を謳う集団は、人であるかぎり文明の恩恵を受けている。
文明とは人の持つ動物としての生態を表す言葉であり、人が家を建てるのは動物が巣穴を掘るのと同義であり、乗り物を作るのは鳥が風に乗ることと同義であり、斧で木を割るのも、動物が歯で木を削るのと同義なのだ。
単に人は巣を作るのにコンクリートを固めて作ったり、早く移動するのにタイヤを使ったり、木を切るのに斧を使う、そういう生態がある動物というだけだ。
私が斧を振るうときにそんな小難しいことを考えているわけではないが、私が斧を振るう理由は自然回帰とかそういう理由ではなく、単に気持ちがいいからで、つまりはやっぱり趣味というほかないのかもしれない。
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