第312話:イゼムーユカンニ~不便屋~
「こんにちはー不便屋ですけどー」
町外れの大きな畑、その端にある結構広い家の玄関に声が響く。
奥の方にいる家の主には届かなかったのか、もう一度大きな声で呼ぶ。
「不便屋ですけどー!」
ドアベルなんて気の効いたものはない。
その後何度か呼び掛け続け、やっと家の主が出て来た。
「やあやあイゼムさん、すいませんねぇお待たせしてしまって」
「いいんですよ、不便屋ですから」
そう、俺は不便屋なのだ。
この不便な家は俺が彼に売った商品で、最初はドアベルもあったし、もう少しマシな家だったのだが、彼の注文でとことん不便にする改良もとい改悪を繰り返した家だ。
自分で外したドアベルがないことに文句は言えないし、不便を売っている以上不便に不満を持つ訳にもいかない。
「それで、今日はどうしましょう。何が便利なものに気づいてしまいました?」
「うーん、実はですねぇ、井戸が結構畑に近くて使いやすいことに気づいてしまいまして」
「なるほど、では井戸の移設ですね。そうですね、今ここに井戸があるので、この辺りに移設するのがいい具合に不便になるとだと思いますよ」
紙の地図を広げて説明する。
ちょうど良い不便さを提供するというのがうちの方針だ。
不便すぎて使ってられないというレベルで不便にしてしまうとお客さんが不便生活に音を上げてしまう。
不便だけど、楽しめる程度の不便さ、そのいい感じのラインを考えて提案提供するのは難しいがパズルのようで楽しくもある。
「そうですねぇ、じゃあそこでお願いします」
「はい、じゃあ始めますね」
そう言って
画面上の井戸を選択し、紙の地図で示した場所へ持っていくと実際の井戸の場所も変わる。
「はい、終わりましたよ。代金は45937パソです」
「ありがとうございます」
差し出されるのは金額が書かれた紙、所謂紙幣。
便利だからと
電子マネーがいまいち使えない人たち向けに流通している紙幣だが、取り扱っている店は少ない。つまり不便なものだ。
「あ、そうだイゼムさん。もう1つ便利なものに気づいてしまいましたよ」
「なんですか?不便生活を送る上で邪魔になってしまう便利なものはなんでも撤去しますよ」
「それはですね、呼んだらすぐに来てくれる不便屋さん、あなたの存在です
!」
「な、なんだってー!」
とまぁ驚くそぶりを見せたが、いつもの別れ前のやり取りなので、いつものように。
「残念ながらサービス対象外ですねぇ、便利お掛けします」と返して笑い合う。
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