第297話:テトリ=メリニム~彼女の世界に降る雨~

 あ、雨だ。

 しまったな、今日は傘を持ってきていないぞ。

 あまり好きではないから普段は入れていない傘アプリをDLして帰ろうと携帯端末デバイスを取り出して、DLページを開く。開けない。

 運が悪い、どうやらサーバーメンテナンス中のようだ。

 どうやらこの狭い軒下で雨が止むのを待つしかないらしい。

 雨季にはまだ早いし、きっとすぐに止むことだろう。

 鞄からおやつのおせんべいを出してパリッとかじる。


 サーサーと、今までどこにあったのかと空に問いたくなるぐらいの水が降り続けている。

 街を歩く人達は濡れない球体の中(傘アプリで水を弾いた空間の中)で気持ち早足になって歩いていく。

 濡れないことはわかっていても、雨となると室内に帰りたくなるんだろう。

 その気持ちはわからないこともないけど、私は雨が嫌いじゃない。

 晴れている日よりも好きということもある。

 雨の何が好きかと聞かれても、すぐに答えることはできないかもしれない。

 強いて言うなら、雨特有の、水の粒子を含んだ空気だろうか。

 短い音がたくさん重なって連なって、1つの音になっていることだろうか。

 それとも、単に乾いているのが苦手なだけだろうか。

 なぜだろう、なぜ私は雨が好きなのだろうか。

 たぶん、小さい頃、もっと前、前の世界での出来事が関係している、のかもしれない。

 幸い時間はいくらでもある。

 先ほどよりも雨は強さを増していて、空気中の水の粒子は服を重くし、サーという音はザーという音に変わり、おやつに持ってきたおせんべいは柔らかく、ふにっとなってしまった。

 この雨は予想に反して長くなりそうだ。

 ザーというどこにも切れ目が見つからない雨音をBGMに私は過去に思いを馳せる。


 雨の日の記憶、10年程前この世界に来てあまり経ってない頃、雨の日に出掛ける用事があった。

 教えてもらった傘アプリを意気揚々と起動して出掛けたものの、あまり雨という雰囲気を感じられず普通のビニール傘を買ったのを思い出した。

 この時点で私は雨が好きだったらしい。

 ならばもう少し前、前の世界でのことだろうか。


 窓の外、雨が降っている。

 私はベッドに横たわり、やれることもないので外を見ていた。

 ああ、これは私が死ぬ少し前の記憶だ。

 この時は、雨が好きだとか、そういうことを考えるということもしていなかったように思う。

 日々、外の景色を見てなにも考えない。

 そういう暮らしだった。

 季節柄、雨は多かったかもしれないけど、あまり覚えていない。

 たぶん、死んだ日にも雨は降っていたんだろう。

 死んだ日に雨が降っていたから雨が好きになったんだろうか、もう少し前のことも思い出してみよう。


 雨が降っている。

 私は机に頬付きをして外を見ている。

 たぶんこの頃の私は雨の日があまり好きではなかったように思う。

 新しい服は汚れるし、空気が重くなる気がしたからだろうか。

 もしかしたら、みんなが雨を嫌いだと言うから私も同調して嫌いだと思っていただけかもしれない。

 だって、もう少し前のことを思い出してみれば私は小さな子供で、傘も差さずに雨の中を走り回っていた。

 たぶん、私は生まれたときから雨が好きだったのだ。

 生まれ直してそれを思い出しただけかもしれない。


 気づけば雨は上がっていた。

 雨の残した水の匂いがする空気を一息吸って、私は帰ることにした。

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