第268話:ボルブ~妖怪逆さ部屋~

「ちくしょう! またやられた!」

 目が覚めると、家具という家具がさかさまになっいていた。

 棚や時計、机も椅子も、鏡や小物に至るまで全部だ。

 最近こういうことが高頻度で起こる。

 対策にボタンひとつですべての家具をひっくり返し直せるようにはしてあるが、そのボタンを設置してから逆に頻度が上がったような気がする。

 原因はわかっている。最近うちに住み着いたらしい妖怪がいるのだ。

 そいつは家具をひっくり返す妖怪で、それ以外はなにもしない。

 俺はそいつにこのいたずらをやめさせたい、できれば追い出したい。

 こいつがいる間は逆さまになると壊れかねない家具が置けない。

 そのため、今の俺の部屋は本来の趣味である繊細な細工物は一切なく、頑丈で無骨な最低限の家具が置いてあるだけだ。

 元々持っていたものは最初にひっくり返されたとき、もしくは何度目かの時に全て壊れ、修理に出している。

 直ったという連絡が来ても、妖怪がいる間は取りに行くことができないし、困ったものだ。


 一通りの家具が壊れていない、十分に使える状態であることを確認してからひっくり返し直すボタンを押す。

 一瞬の眩暈の後に部屋が元通りになった。

 できればこのボタンもいちいち押したくない、手間がかかるのもそうだが、眩暈が日に日に酷くなっていくような気もする。

 魔術的な方法で部屋の中の上下を入れ換えてるとかなんとかとこのボタンを設置してくれたやつには説明されたが、俺は存外その魔術と相性が悪かったらしく、毎回毎回ひどい眩暈に襲われるんだ。

 他の方法はないのかとボタンをつけてくれたやつに聞いたら、物理的に部屋をひっくり返す方法を提案された。

 当然のように、俺もひっくり返されると言われて今のままでいいと答えたがな。


「てめぇ、さっさと出ていきやがれ!」

 声を荒立てて、聞いているのかもわからない存在に怒鳴る。

 反応はなく、やはり聞いていないようだ。

 それでも、気分的に怒鳴らなければやってられない。

 ほぼ日課となっているそれを終えた俺は、身支度をして仕事へ向かう。


「ていうわけなんすよ、どうしたらいいと思います?」

 仕事の休憩時間に先輩に相談する。

「どうしたら、か。そうだなぁ、妖怪に詳しい人に追い出しかたを聞いてみるとか?」

「そんな知り合いいませんよ」

「知り合いじゃなくてもさ、そういう仕事してる人って探せばいるんじゃない?」

「ですかねぇ」

 実は一応調べたことはある。

 ただ、結果は散々なものだった。

 妖怪退治の専門家とやらは、自分の世界にいた妖怪は退治できるが、他の世界の妖怪だと文化の違いから対抗策がわからないため、どうしようもないとか言いやがった。

 たまに、自信満々に受けてくれる奴もいたが、結果はうちにいる妖怪には無力、惨敗を喫した。

 自分でどうにかするか、他になんとかできる人を探さねばならない。

「あ、そうだ」

「なにか思い付いた?」

 こいつの発想は侮り難いものがあって、いろんな分野で素人ながらも画期的なアイデアをいきなり思い付いたりする。

「ひっくり返されるなら、ひっくり返されても困らないものだけを置けばいいんじゃないかな」

「今も大体そんな感じです、ひっくり返されても壊れないものしか置いてなくてボタンひとつで元通りですよ」

「もっと、ひっくり返っても困らないように、上下どちら向きでも使えるものだけ置けばいいんじゃないかな?」

 なるほど、その発想はなかった。

 でも、

「そんな都合のいいもので全部の必需品が揃いますかねぇ」

「揃うでしょ、この世界ならなんでもあるし。たぶん普通にそういう家具を必要としてる人達もいるだろうし、調べてみたら?」

 この方法なら、案外なんとかなるかもしれない。

 早速調べてみよう。


 仕事が終わって家に帰ると、家具はひっくり返っていなかった。

 1日に2回もひっくり返るということは珍しくはないが、大抵は1度だ。

 いつも通りということだ。

 そして、調べて見つけた逆さでも普通に使える家具を一式注文し、てその日は寝た。


 翌朝、いつもよりも早い時間に目が覚めると、家具はひっくり返っていなかった。

 いつもよりも早いと言ってもほんの10分程で、今日はこのままひっくり返らないものだと思い、身支度を始めた。

 そして、起きてから5分後、カチッという音と共に眩暈、ふらつく頭であのボタンの方を見ると、上下対称になった変なモノがボタンに手のようにも足のようにも見えるもので触れていた。

 なるほど、それで頻度が増えたのかと思いながら俺は気を失った。


 後日、逆さ家具が届くとなぜか妖怪は消えてしまった。

 寝ずにひっくり返されるのを待ったり、ひっくり返されたらわかるように印をつけてみてもひっくり返された形跡はない。

 煩わしい存在だったが、消えられるとほんの少し寂しくなるな。

 せっかく買った逆さ家具だが、圧縮され倉庫へ。

 本来の繊細な細工物が我が家に戻ってきた。


 ひっくり返すボタンはまだそのままにしてある。

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