第228話:高崎 一〜74年越しの恋〜
18歳の冬の終わり、僕は死んだ。
大学も決まっていた。
将来を誓い合い、家族ぐるみの付き合いをしている恋人もいた。
バイト先の人間関係に悩むことも少なく、友人も多かったと思う。
両親も健康でお金に困ることもなく、つまりは人並みに幸せな人生という奴を送っていた。
それは、唐突に失われた。
たぶん事故だったんだと思う。
ギャリギャリギャリ!というタイヤが滑る音、その音をよく覚えている。
そして死んだことを聞かされ、彼女は来ていないことに安堵し、少しだけ彼女の死を願ってしまった自分を呪ったりしながらこの世界での生活していた。
この世界に来て42年経った時、父がこの世界に来た。
父が僕の顔を見たとき、突然泣き出したのにはビックリしたが、「これじゃあ僕の方が父親みたいだ」とジョークを言うと「馬鹿を言うな、その年だと爺さんだ」と言い返され笑い合った。
そして、その夜は生きていた頃の話やだいぶ変わってしまった町並みの話を聞いたりした。
今、彼女はどうしているのか聞きたかったけど、彼女の家族との交流は僕の死をきっかけに途絶えてしまったらしく、聞けなかった。
父も「すまない」と辛そうに言うだけだが、この世界に来ていないということは元気でやっているのだろう。
更にその3年後、母が来た。
父と母は子供の頃みたいね、と笑いあっていた。
その後はしばらく家族3人で暮らしていた。
大人になった僕と、子供の両親。
少しだけ奇妙な家族だが、この世界に気にする人はいなかった。
更に10年程経った頃、両親が二人暮らしを初め、僕はまた独り暮らしに戻った。
別にこの世界での友人も沢山できたし、両親との交流が途絶えたわけではない。
しかし、少しだけ寂しさを感じた。
19年経ち、僕も老人になってしまった。
出掛けることも減り、黄の日にターミナルまで散歩に出かけることだけが唯一の外出になっていた。
ある日、ふと気が向いて黄の日ではないがターミナルへ来てみた。
たぶん、予感がしたんだ。
「もしかして、一君?」
後ろから僕を呼ぶ声がした。
その声は遠い昔、80年ぐらい前に聞いた声。
僕は振り返ることを躊躇ってしまった。
どういう顔を向ければいいのか、なんと返事をすればよいのか、わからなかった。
「久しぶり、元気にしてたかい?」
「よく僕がわかったね」
「やっと来たのかい、待ちくたびれたよ」
「……人違いではないですか?」
頭のなかにはいくつもの言葉が浮かんだ。
中には彼女を避ける言葉もあった。
そして、僕は振り向かずに言った。
「ごめん……」
振り向けなかったのは言葉を選べなかったからだけではなかった。
涙で歪みきった顔を見られたくなかった。
「一君、なんで謝るの?」
彼女は不思議そうに聞いてくる。
「僕は、君を一人にした」
もしかしたら、僕が死んだあと別に彼氏を作り、子供を作り、孫に囲まれた幸せな老後を過ごしたのかもしれない。
だけど、僕は謝らなければならない気がした。
「うん、一君は私を一人にしてしまった。でも、あれは事故だもの。あなたのせいじゃない」
そんな僕を彼女は許してくれる。
でも、1つ謝るとどんどん謝ることが増えていく。
涙が溢れるのと一緒に言葉が溢れる。
「僕は君の死を願った」
「寂しかったんでしょ?仕方ないよ」
「僕は君の人生を変えてしまった」
「うん、だけどあなたと過ごした10年は私の残りの74年を支えてくれた」
「僕は……」
すべてを許され謝ることが尽き、涙も尽きても彼女に謝らなければという気持ちは尽きなかった。
「僕は君を幸せにできなかった」
それが僕の口から溢れた最後の謝罪だった。
「大丈夫、これからこの世界で一緒に幸せになろう?」
涙は尽きていなかった。
再び僕は泣いた、声を出して。
その後、僕らは18年一緒に過ごした。
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